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【国民の自衛官(10)】
自衛隊と国民の橋渡し役「身近な存在に」 空自航空システム通信隊保全監査群本部・毛利紀和子3等空尉(53)
自衛隊の広報役も担ってきた毛利紀和子3等空尉
「赤ちゃんの場合はこのくらいの力で胸を圧迫してください」。きびきびとした動作に若い母親らの真剣なまなざしが注がれる。女性自衛官として35年間、装備品の管理など事務畑で「裏方」に徹しながら、ボランティアで救命救急の講師を続けた。「身を粉にして困っている人に尽くす隊員のことを知ってほしい」と広報役も担ってきた。
自衛官だった父親(84)の勧めで静岡県の高校を卒業後の昭和54年、入隊した。結婚して2児を出産後も初任地の浜松基地で勤務。東日本大震災では基地で「早く困っている人を助けてほしい」と救援に向かう隊員らを迅速な事務で支えた。心がけてきたのは「任務に就く隊員や被災者の気持ちになること」だ。
任務の傍ら、高校時代にシンクロナイズドスイミングで鍛えた泳力を生かそうと水上安全法の指導員の資格を取り、61年から余暇に日本赤十字社主催の講習会で講師を始めた。救急法と幼児安全法の資格も取って28年間で延べ約4千人を指導。受講した大学生には「いろいろな仕事があって自分の可能性を伸ばせるよ」と説明し、ほかの受講者にも災害現場での隊員の姿を伝えた。
いつの間にか自衛隊と国民の橋渡し役に。平成6年から基地の航空祭で息子2人が通う保育園の鼓笛隊の演奏も実現させた。地元との交流は24年5月に市ケ谷基地に異動後も続く。来年3月に退官を控える今も「自衛隊をもっと国民の身近な存在にしたい」と意欲は尽きない。=おわり
