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【北九州再興への選択 (中)】沈むものづくりの街 「市の工夫足りない」経済界から嘆き

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【北九州再興への選択 (中)】
沈むものづくりの街 「市の工夫足りない」経済界から嘆き

 企業・工業が撤退した後も、こうした施策によって、人の往来や雇用減少に歯止めをかけた。

 現在はどうか。市中心部に近い東芝北九州工場は設備が解体された。これまでに住宅展示場などの引き合いがあったが、跡地の活用法はまだ決まっていない。

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 北九州での「ものづくり」は110年の歴史を持つ。

 明治政府が官営八幡製鉄所を建設し、操業を始めたのは明治34年のことだ。以後、製鉄だけでなく安川電機、TOTO、三菱化学など、ものづくり企業が次々と立地し、隆盛を極めた。

 だが、昭和50年代の「鉄冷え」による八幡製鉄所の縮小、プラザ合意(昭和60年)に端を発する円高で、北九州の製造業は苦境を迎えた。

 八幡製鉄所は昭和40~50年代、従業員3万5千人を擁した。関連・下請け会社を含めると、実に10万人規模の人々が働いていた。現在、自社従業員は2800人とピーク時の1割以下だ。関連会社を含めても数万人規模となる。

 この結果、市の人口は昭和54年の106万8千人をピークにひたすら下降線をたどり、現在は96万4千人にまで落ち込んだ。

 特に、北橋市政の7年間(平成19~26年)は、年4千人のハイペースで減った。日本全体で少子高齢化が進んだという事情はあるにせよ、末吉市政20年間(昭和62~平成19年)の減少(年平均2600人)に比べると、衰退に拍車がかかったといえる。

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