産経ニュース

【話の肖像画】北海道夕張市長・鈴木直道(32)(3)

ニュース 政治

記事詳細

更新

【話の肖像画】
北海道夕張市長・鈴木直道(32)(3)

 ■やりたいこと、それが夕張だった

 東京都庁の職員になったころは、普通にこのまま一生を終えて、土日は自分の時間を過ごして、としか考えていませんでした。変わったのは夕張市に派遣されてからだと思います。

 〈猪瀬直樹東京都副知事(現知事)の肝煎りで、職員が2人、財政再建団体になった夕張市に派遣されることになった〉

 声をかけられた人はいっぱいいたんでしょうが、急な話だったし、大部分は断ったと思います。私は都政に還元できると思って手を挙げて、面接を経て選ばれました。16万人の職員がいる東京都庁では巨大組織の小さな歯車の一つだったのが、職員数も減っていた夕張市では一人一人が背負う仕事も多いし、若い人が少ないこともあって、26歳の「鈴木直道」として地域から頼られることもあります。

 ちょっとパソコンでイベントのポスターを作ったりするだけで、「若い人が手伝ってくれた」とすぐに広まるんです。雪投げ(北海道の方言で除雪のこと)をやるからと声をかけられたり、図書まつりに男手が必要だと呼ばれたり…。都庁時代はサラリーマン化されていましたが、夕張に来て、私みたいな人間でも必要とされることがあるんだと実感した。自分が人の役に立っているというのは、仕事をする上で大きなモチベーションになりますからね。

 一緒に派遣されていたもう一人の同僚からは、おれたちは仕事の応援に来たんだ、東京に帰るんだから地域とのかかわりはほどほどにした方がいい、と言われました。でも人生のうちの26歳から夕張で過ごすこの期間が、私にとって大切なものになる方がいいと思った。

 みんな生きている以上は、何かやりたいことを探しているんだと思うんです。仕事における夢なのか、家族への愛情なのか、形はいろいろあるでしょうが、人は絶えず何かを探している。私にとってはそれが夕張だったんです。

 〈当初は1年で交代する予定だったが、派遣期間の延長を希望した〉

 新しい財政健全化法の施行を受けて、それまでの財政再建計画に代わって財政再生計画を作ることになっていたが、看板の掛け替えで終わりそうだというのがわかった。それで市民アンケートをやろうと思い立ち、学生ボランティアを使って調査を実施して、結果を当時の渡辺周総務副大臣に手渡しました。猪瀬さんにも助けてもらったし、副大臣も本当にいい人でよかったです。

 2年2カ月で東京に戻るときはものすごく後ろ髪を引かれました。市役所の職員全員、それに地域の人もみんな集まってくれて、黄色いハンカチを振って「いってらっしゃい」と送り出してくれました。感動で大泣きしました。それだけ濃い2年間でした。

 でも約半年後に夕張市長選に出馬することになった。「あんなに盛大に送ってやったのに、すぐ帰ってきたもんな」と今もよく言われます。(聞き手 藤井克郎)

「ニュース」のランキング