鳩山由紀夫元首相、25年前の政権交代「小沢さんと一緒は懸念あった」

平成30年史 政界再編・インタビュー
インタビューに答える鳩山由紀夫元首相=23日、東京・永田町の事務所(酒巻俊介撮影)

 --平成5年に自民党を離党し、新党さきがけを結党。新生党などと細川護煕(もりひろ)内閣で政権交代した

 「すぐ政権が来るなんて誰も思っていなかったんですよ。ひそかに10人くらいが決死隊のように飛び出そうというだけの話で。宮沢喜一政権がいよいよ倒れることになっても、細川さんにも、4~5年は待って態勢を整えないと、いきなり政権を取ってもあっという間に崩されると申し上げていたんですね。武村正義さん(さきがけ代表)なんかも最初は同じ考えでした」

 「そもそも政官業の癒着から解放された政治を作ろうというときに、自民党以上に自民党的な小沢一郎さんたちの新生党と一緒というのはどうなのかという懸念も私にはありましたし。ところが、議論するうちにチャンスは生かさないといけないという方向で一気に行ってしまった…」

 「実は衆院選の後、さきがけはずうずうしくもすべての政党に連立政権を組みませんかと打診していたんです。一応礼儀もあるからということで自民党にも呼びかけたら当時の森喜朗幹事長からお返事をいただいた。1日遅い、もう締め切ったとお断りしました」

 --政権交代の引き金を引いた宮沢内閣に対する不信任決議には、さきがけ参加者のほとんどが反対した

 「しました。自分たちはスリッパをきちんとそろえてから外に出ようと。自民党に世話になったのだから離党までは党に従うが、覚悟を決めていますという態度をとったわけです」

 --細川政権では官房副長官として官邸入りした。正副長官をさきがけ出身が占めた

 「ええ。組閣当日朝、東京・田園調布の自宅でいきなり連絡を受けました。その通りにすると、官邸には日本新党とさきがけしかいないことになっておかしいし、危ない。ですが今すぐ来てくれ、時間がないといわれてしまって。新生党の人を一人でもあのとき官邸に入れておけば、官邸と新生党の対立が収まっていた可能性があったんじゃないかと思うんです」

--政治改革の柱として小選挙区制を導入した

 「さきがけには必ずしも賛成でない人もいたと思います。細川さんも違いました。私は比例代表を組み合わせるのは邪道で、単純小選挙区制にすべきだと考えていました。その意味では小沢さんと考えが近かったと思います。政権を取るまでは各党が厳しく戦い、ぎりぎりでも勝てば4年間は政権を担う。国民にとって背信的な政権であれば次は別の政権に交代する。そういう政治システムになるのが単純小選挙区制ではないかと主張していたんです」

 --細川政権の功罪をどうみているか

 「政権交代はできるんだということが分かったのは日本の政治にとって大きなプラスだったと思います。権力は必ず腐る。民主主義にとって政権交代は絶対に必要だから。もちろん『罪』もありますよ。私は小選挙区比例代表並立制は決してベストだったとは思えない。結果として私も含め政治家がみんな小粒になったといわれるし、首相適任者がなかなか見いだせない状況になったのも小選挙区制のなせる業です」

 「しかし、選挙制度を変えなければ民主党政権もできなかったはず。民主党政権ができなかったほうがよかったという人に言わせれば、これもマイナスでしょうけど」

 --「排除の論理」で旧民主党を作った。小池百合子東京都知事が同じ排除発言で人気を下げたのはなぜだと思うか

 「排除発言がおかしいというより、小池さんが民進党と合流したほうが即座に政権が取れるという発想、欲に落とし穴があったんじゃないですか。私の場合とはちょっと違う。考え方が違う2つの勢力を強引に合わせようとするのは相当の無理がある」

 「人を選んで排除するのは理屈としては当然あるんですが、民進党が合流したいといっても断って互いに協力して自民党を過半数割れに持ち込めたら政権を担おうという方向にすればよかったんだと思いますね」

 --現在は野党だけの再編が続いている

 「もう、どことどこが合体してみたいなことには国民の皆さんは関心を示さない。立憲民主党に期待を寄せる人の気持ちはそれなりに理解できます。野党勢力がもう一度力を持つために立民が軸になって動くのは具体的な方法でしょうから。でも、そうだとしたら、立民は日本の未来はこうあるべきだということをきちっと議論して、国民の皆さんに分かりやすく示す義務があると思います」

 「共産党の主義・主張は分かるけど、それ以外の政党からはどんな日本を作りたいのかというメッセージが見えてこない。安倍晋三政権のこれがいかん、あれがいかんと否定するのは簡単ですよ」(坂井広志)