民進・前原誠司代表「希望の党との合流は賭けだった」「代表辞任後は希望へ」 政治解説者との討論詳報

衆院選
「篠原文也の直撃!ニッポン塾」で評論家の篠原文也と対談する民進党の前原誠司代表=25日午後、東京・平河町のルポール麹町(酒巻俊介撮影)

 民進党の前原誠司代表は25日、都内で開催された「篠原文也の突撃!ニッポン塾」で、政治解説者の篠原氏と討論し、希望の党(小池百合子代表)との合流に関し「ある意味、賭けのようなものだった」と振り返った。篠原氏とのやり取りの詳報は次の通り。

◇ 

 --衆院選は予想していなかったのか

 前原氏「衆院解散については、早いかもしれないとは予想していた。(衆院青森4区、新潟5区、愛媛3区の)3補選が10月22日にあるので、これに合わせて総選挙があるんじゃないかと想定していたが、その通りになった」

 --希望の党への合流をめぐって民進党が3つに分裂した。結果をみると民進党出身者の数は増えているが

 前原氏「こういったことに“タラレバ”はないし、歴史に“もし”はないので、検証することはできないが、私は野党共闘路線に行く方がオーソドックスだったと思う。希望の党への合流、みんなが合流するというのは、ある意味では賭けだった。しかし、希望の党ができて、すぐに20%近い支持率になったことを考えれば、そのまま(野党共闘路線で)突っ込んでいれば惨憺(さんたん)たるものになったことは容易に想像できる」

 --小池氏の排除、選別で流れが変わった

 前原氏「民進党の公認候補が200人以上いて、向こうのリストも160くらいあった。選挙区は289だから、どうやって、できるだけ多くのわが党の公認候補の擁立を目指せるか、相当激しく何度もやった。向こうの言いなりになったこともないし、何度も交渉して、わが党の比率を増やしていった。

 交渉過程は言えない中で『排除リスト』がまことしやかに出たり、踏み絵だとか、政策協定書が出たり。われわれがまだ合意していない、小池さん側の言い値の政策協定書が報道され、『こんなものは飲めない』と大騒ぎになった。しかし、われわれが『本当のものではない』と言い続けても、疑心暗鬼になって、結果的に新たな政党をつくった。何とかとめたいと思ったが、結果的にそうなったことは極めて残念だった」

 --立憲民主党が設立されたことを「想定内」といったと聞いたが

 前原氏「191か192人の公認候補が決まったときに、初めて私はマスコミの前で話をした。そのときに、ある記者から『枝野幸男さんたちの(立憲民主党設立の)動きがでてきたことは想定内だったか』と聞かれて、言い方は気をつけたつもりだが、『いろんな動きはあるだろう』というような発言をした。だた、『枝野さんとは24年間、日本新党、さきがけ、民主党、民進党でやってきたので、その仲間と別れることになったことは残念だ』と申し上げても、そこだけが切り取られて、拡散されることになった」

 --民進党の両院議員総会で一任をとりつけたときは全員合流でいけると思ったか

 前原氏「したいと思った。289の選挙区で、(公認候補予定者が)われわれは215人くらい。向こうは160人いた。交渉で相当激しやり合った。第1次公認のときに、うちが109だった。無所属の20を入れると、130くらいがわが党ということで、向こうは『半々だ』という話も一時あったが、わが党の比率は増えていった。それでも漏れている方が出た。私自身の至らないところというか、お約束したことができなかった」

 --「安倍1強」体制を倒すためにやると言っていた。ならば、まとまらないと倒せないではないか

 前原氏「希望の党で戦った方は、本当に途中から完全な逆風になった」

 --なぜ逆風になったのか

 前原氏「いろいろな仮定の中で、決まっていないものが報道され、あたかも事実かのような報道をされて疑心暗鬼がどんどん膨らんでいった。結果的に新たな党をつくり、固まりが生まれて、そちらの期待が高まった。野党がバラバラに戦うところが、いくつか出てきた。枝野さんとは『できるだけなくしていこう』と話をしたが、いくつかの所でそうならざるを得なかった。

 小池さんが強気で立てようとしたのは、われわれが弱い地域だった。東京とか、神奈川とか。東京都議は、われわれ8年前は50数議席あったが、今は5議席。衆院選の25選挙区のうち前回勝ったのは、長妻(昭元厚生労働相)さんだけだから、向こうも『東京はこちらに任せろ』となる。でも、うちらも候補者がいる中で、東京はつぶし合いになった。あるニュースに載っていたが、自民党の石原(宏高)さんや下村(博文)さんのところも、例えば希望の党と立憲民主党が協力していれば、選挙区でも勝てた可能性があるという。結果論ですが、バラバラに戦ったことは本当に悔いが残る」

 --理念・政策を乗り越え、「安倍1強」打破に絞っていたら、こういう結果にならなかったのでは

 前原氏「“小池新党”がなかったら、野党4党と日本維新の会しかない。小池新党がないのであれば、野党4党の共闘路線は選択肢としてあった。希望の党ができて、2、3日で20%近い支持率を得る。これは都議選の再来だという状況が見えてきた中で、単に野党共闘だけでは惨憺たる結果になっていたと思う」

 --合流せずに希望の党との連携もあったのでは

 前原氏「可能性としてはあったが、小池さんが希望の党をつくることになって、いろいろ話をさせていただいたが、結果として私の判断で、すみ分けではなくて合流する判断をした。結論でいうと、一つの政党でやった方がいいという判断をした」

 --本当の前原氏の狙いは、民進党の純化ではなかったのか

 前原氏「ずっと民主党、民進党でやってきて、バラバラとか、左右の開きが大きいとか言われた。でも、民主党政権では、外交・安全保障は現実路線でやってきたし、立憲民主党にいる人も民主党政権では大臣をした人もいた。まさに枝野さんは官房長官だった。そういう意味では、別に純化路線が前提だったわけではない。

 ただ、安保法制以降、野党4党共闘ということで、あの法律のできが悪かったのは間違いないが、あれ以降、野党共闘路線が強まって、党内で憲法の議論すらなかなかできない、現実的な安保政策についての議論がしづらくなった。離党者が出てきたのは、そういう背景があったと思う。結論からいうと、純化路線を求めたわけではない。この2年くらいの民進党のあり方について、私も疑問を持っていたことは事実だ」

 --「安倍1強」を倒すために手段を選ばずという戦術も必要なのでは

 前原氏「ある意味、賭けと申し上げたが、安倍1強を倒すためにこれしかないと思った。今から思うと、小池さん側が160人も候補者を用意していたということで、民進、共産、自由、社民各党の固まりと、小池新党の160人、そして自公両党という形になったと思う。希望の党を含めて一つになることが、あの短期間の解散の中でできていたのか。両院議員総会、全国幹事長会議、相当いろんな意見が噴出すると思う。全て結果責任ですから、逃げてはいけない。しかし、前提条件は、それだけの候補者がいたということ。小池新党と組まなくて野党共闘路線で行っても、野党同士でバッティングし、惨憺たる結果になったと思う。だからこそ小池さんと臨んだ」

 --民進党代表を辞めるのか

 前原氏「次の戦いは統一地方選。再来年の4月。その3カ月後くらいに参院選がある。どうやって安倍1強体制を壊すための取り組みをしていくかを考えたとき、結論からいうと、野党がバラバラではいけない。47都道府県の中で、32の1人区があるので、どれだけ野党が一本化できるか。比例でいえば、われわれの支持団体は連合なので、連合全体として応援していただけるような大きな固まりというか、連合体というか、そういったものをこれからつくれるかが大きなポイントになる」

 --地方組織や党職員の一定の方向性を出してから辞めるのか、それとも早めに辞めるのか

 前原氏「選挙の前に、『参院、地方組織、都道府県連組織があるので、方向性を決める責任を持たせてもらいたい』と申し上げてきた。もちろん結果が変わったわけだが、その方向で努力していきたいと思う。ただ、わが党のルール、そして思いのある方々もいる。私がそう思ったとしても、新たな執行部でやるべきだという意見もあるかもしれない。そういった意見も真摯に聞くことが大事だと思う」

 --両院議員総会で辞任を迫られたら、方向性を出す前でも辞めることもあるのか

 前原氏「両院総会は今週の金曜日(10月27日)にやる。全国幹事長会議を来週の月曜(30日)にやる。昨日、参院総会が開かれ、『前原の話を聞いてみたい。尋ねてみたいことがある』ということなので、方向性という提案も、私がしてもいいという状況であれば、させていただきたいが、まずはプロセスを含めて一度いろんなことを聞いてみたい、モノを言いたいという方がいるのは当たり前だと思う。そこは真摯に対応したいと考えている」

 --100億円を超えるとされる内部留保金の分配は

 前原氏「民進党に残したらいいと思う。これは民進党に対して出された税金なので、民進党に残す。民進党が割れずに残っていただきたいし、地方組織も参院も割れずに残っていただきたいので、民進党に交付されたものは、新たな政党ができたとしても、無所属の方がいても、民進党に残すべきだ」

 --代表辞めた後はどうする

 前原氏「希望の党への合流を進めてきた人間なので、希望の党への合流を行う」

 --泥舟かもしれない

 前原氏「しっかりと自分の方向性を決めてやってきた。今50人の仲間がいるので、私の思いが全て通るとは思わないが、外交・安保は現実路線、しかし内政は自民党と違う新たな選択肢をつくるというのが、私の一貫した政治行動の原点だ、仲間と一緒にその社会をつくる、新たな選択肢をつくる。つくった上でその社会の実現のために努力していく。それに今後しっかり賭けていきたい」

 --小池代表のままでいいのか

 前原氏「きょうパリから戻ってきて、午後に初めての(希望の党の)議員総会が開かれるので、そこでどういう議論になるかということだと思う」

 --希望を、失望、絶望の党という人もいる。逃げ出す人が出るかもしれない

 前原氏「最後は政治家の覚悟と志。何をもって政治家になったのか、政治家をやっているのかということが問われると思う。希望の党にとっては、今回の衆院選は完全に逆風だったが、50人のメンバーが通っている。私は志の高い人間ばかりだと思うので、力を合わせて頑張っていきたい」

 --これからも小池さんとタッグを組んでいく決意か

 前原氏「もちろん。これは共同責任だから、しっかりと責任を果たしていく。政治家としてのケジメとかは、それぞれの判断だが、少なくともこの合流を2人で決めて進めてきた。結果はうまくいかなかった。それについてはお互い反省することもある。しかし、いかに国家、国民のために自分たちの果たす役割があるのかを見極め、しっかりと取り組んでいきたい」