小池百合子と橋下徹 孫子の兵法「死地」の教えをご存じか 白岩賢太

iRONNA発
「国政待望論」に最後まで首を縦に振らなかった橋下徹氏と小池百合子氏

 第48回衆院選の終盤情勢は、新聞各紙の世論調査で与党の自民、公明両党が300議席以上を維持する情勢と伝えられた。一方、民進党の乗っ取りを画策し、新党ブームに乗るはずだった希望の党は伸び悩んでおり、小池人気の陰りも鮮明になった。なぜ失速したのか。(iRONNA)

 古代中国の軍略家、孫武の兵法書「孫子」に、次のような一節がある。

 《善く戦う者は、之を勢に求め、人に責めず。故に善く人を戦わしむるの勢、円石を千仞の山に転ずるが如き者は、勢なり》

 これを現代語訳すれば、戦上手とは戦いの帰趨(きすう)に勢いを求めることをよく知っており、決して個人の力だけに頼ろうとしない。だからこそ、戦上手がひとたび軍を率いれば、その勢いは丸い石を山から転がすように変わる。これが勢いというものである。

 孫子の兵法といえば、「戦わずして勝つ」「兵は国の大事なり」などの格言で知られ、現代人にもおなじみの指南書だが、今回の総選挙で時の人となった小池百合子東京都知事も愛読していることで知られる。

 その小池氏が率いる新党「希望の党」も、結党当初は世間の耳目を集めて勢いに乗ったが、民進党の分裂騒動を経て、自身の衆院選出馬を固辞したあたりから一気にトーンダウンした。一連の流れを見ていると、いかにも孫子を愛読する小池氏らしい手法も随所に垣間見えたが、その孫子が戦争を遂行する上で最も重要と説く「勢い」を自らの手で止めてしまったのだから、皮肉としか言いようがない。

二足のわらじ

 自民党やその他既成政党への支持が揺らぐ中で、小池氏が出馬していれば、大きな波に乗れるチャンスは確実にあった。とはいえ、土壇場で尻込みした小池氏の側に立てば、孫子の言う「利するにあらざれば動かず」を実践したのかもしれないが、この決断が新党の勢いに水を差したことは間違いない。

 それはさておき、小池劇場の迷走ぶりをはたから見ていると、維新の党を立ち上げた前大阪市長、橋下徹氏のことを思い出さずにはいられない。小池氏の政治手法も、かつての「橋下流」をかなり意識しているはずだが、2人とも自身の「国政待望論」には最後まで首を縦に振らなかった。

 今の維新に国政政党としての存在感のなさを感じるのは、何も筆者だけではないと思うが、この維新の失速も本をただせば、橋下氏が最後まで国政に転身せず、「二足のわらじ」を履き続けたことに起因するのは言を俟(ま)たないだろう。

 孫子の兵法には「死地」という考え方がある。文字通り、死中に活路を求めて戦い抜く意味だが、言い換えれば退路を断つ、つまり背水の陣で臨むという意味である。小池氏は東京都知事選に出馬した際、「退路を断つのが私の生き様」と語り、組織の支援が少ない中で圧勝した。橋下氏も在任中は何度もこの姿勢で抵抗勢力と対峙(たいじ)し、政治家として大阪府民の圧倒的な支持を得た。いかにも壮士風を好む日本人にウケそうな言葉だが、希代のポピュリストがこの言葉通りに行動を示せば、それは熱狂を生む原動力になる。

勝負時はいつ?

 では、今回の総選挙はどうだったか。小池氏にしても橋下氏にしても、要するに退路を断つ「覚悟」はなかったのである。天下分け目の大合戦を前にして大将が覚悟を示さなければ、配下の士気は当然下がり勝機も失う。選挙の結果はまだ分からないが、新聞各紙の世論調査が伝える通り、希望・維新への支持が思った以上に広がらないのは、ひとえに覚悟なき大将が招いた結果である。

 ただ、もしかすると2人にとっては今が勝負時ではなく、ひたすら機が熟すのを待っているという見方もできる。「勝つべからざる者は守なり」。孫子の教え通り、勝算なしに動くのをためらっているのだとしたら、これは勝機を読み違えたか、危険な賭けと言わざるを得ない。そう考えると、小池人気にあやかって勢いに乗ろうと目論(もくろ)んだ民進党の前原誠司代表だけが哀れに思えてならないのは気のせいか。

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【プロフィル】白岩賢太(しらいわ・けんた) iRONNA編集長。昭和50年、岡山県生まれ。平成13年、産経新聞社入社。京都総局、大阪社会部を経て、26年10月から現職。社会部時代、連載企画「橋下徹研究」を担当し、橋下氏本人や関係者ら100人以上に取材した。