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5000年前の生活の跡 三内丸山遺跡【白洲信哉「旅と美」360°パノラマ】

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5000年前の生活の跡 三内丸山遺跡【白洲信哉「旅と美」360°パノラマ】

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5000年前の生活の跡 三内丸山遺跡【白洲信哉「旅と美」360°パノラマ】

 三内丸山遺跡は、青森市南西部に位置し、今から約5500年前~4000年前の、縄文時代最大規模の集落遺跡で、3000年以上の長期にわたる定住生活が営まれていた。

 遺跡そのものは、江戸時代から知られていたが、1992年に野球場建設工事の折、過去に前例の無い大規模な集落跡であることが判明し、このため、野球場建設を中止し、遺跡保存を決定。その後、特別史跡三内丸山遺跡として調査・整備し、平成12年11月に国特別史跡に指定され、現在に至っている。

 とくに大型掘立柱建物跡や高床式倉庫に、貯蔵穴や捨て場など、発掘成果の復元は、五千年前と同じ光景がまざまざと僕らの前に広がっている。

 五千年前というのは、かのエジプトやメソポタミア文明と同時期であり、膨大な量の縄文土器、石器、土偶、土・石の装身具、木器(掘り棒、袋状編み物、編布、漆器など)、骨角器、他の地域から運ばれたヒスイや黒曜石などの数多くの発見が、髭ボウボウの野蛮人、という従来の縄文文化のイメージを大きく変えたのだった。(文・パノラマ写真 白洲信哉氏)
(撮影機材:リコー THETA S )

白洲信哉(しらす・しんや) 白洲信哉(しらす・しんや)  文筆家。昭和40年生まれ、東京都出身。日本文化の普及に努め、展覧会など文化イベントの制作にも携わる。最新刊「旅する美」(発行・目の眼)発売中。