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被爆当日の写真、文化財に 広島、惨状伝える5枚

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被爆当日の写真、文化財に 広島、惨状伝える5枚

更新 sty2103260016
 1945年8月6日の原爆投下直後、爆心地から約2・3キロの橋に逃げてきた負傷者たち(松重美人氏撮影、中国新聞社所蔵)  1945年8月6日の原爆投下直後、爆心地から約2・3キロの橋に逃げてきた負傷者たち(松重美人氏撮影、中国新聞社所蔵)
 1945年8月6日の原爆投下直後、爆心地から約2・3キロの橋に逃げてきた負傷者たち(松重美人氏撮影、中国新聞社所蔵)
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 1945年8月6日の原爆投下直後、爆心地から約2・3キロの橋に逃げてきた負傷者たち(松重美人氏撮影、中国新聞社所蔵)フルスクリーンで見る 閉じる

 広島市教育委員会は26日、中国新聞カメラマンの故松重美人さんが米軍による原爆投下当日の惨状を撮影した写真のネガフィルム5枚を、市重要有形文化財に指定した。市によると、被爆直後の市民の様子を記録した唯一の現存写真。市教委は「被爆の実相を継承していく上で欠くことのできない貴重な資料」と評価した。

 1945年8月6日の原爆投下当日、爆心地から約2・7キロの松重美人さんの自宅兼理髪店内(同氏撮影、中国新聞社所蔵)
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 1945年8月6日の原爆投下当日、爆心地から約2・7キロの松重美人さんの自宅兼理髪店内(同氏撮影、中国新聞社所蔵)フルスクリーンで見る 閉じる

 市によると、松重さんは1945年8月6日、爆心地から約2・7キロの自宅兼理髪店で被爆した。5枚のうち2枚は午前11時ごろ、自宅近くの御幸橋に逃げてきた負傷者の姿を撮影したもの。他の3枚は、窓枠などが散乱する自宅内と、自宅前の消防署出張所、けがを負いながら罹災証明書を書く警察官の様子。
 負傷者を写した2枚と警察官の1枚は、市の原爆資料館に展示されている。写真を所蔵する中国新聞社が市に文化財指定を打診し、市が専門家に調査を依頼していた。

 1945年8月6日の原爆投下当日、爆心地から約2・7キロで倒壊した自宅前の消防署出張所(松重美人氏撮影、中国新聞社所蔵)
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 1945年8月6日の原爆投下当日、爆心地から約2・3キロの広島地方専売局前で罹災証明書を発行する巡査(松重美人氏撮影、中国新聞社所蔵)
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