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火葬追い付かず土葬に 宮城で一時2108人

東日本大震災

火葬追い付かず土葬に 宮城で一時2108人

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 東日本大震災当時、犠牲者が一時、土葬された宮城県石巻市のサッカー場=7日  東日本大震災当時、犠牲者が一時、土葬された宮城県石巻市のサッカー場=7日
 東日本大震災の犠牲者を納め、土葬されたひつぎ=2011年4月、宮城県石巻市(清月記提供)
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 東日本大震災の犠牲者を納め、土葬されたひつぎ=2011年4月、宮城県石巻市(清月記提供)フルスクリーンで見る 閉じる

 東日本大震災では亡くなった人があまりにも多く、火葬が追い付かなかった。最も多くの犠牲者が出た宮城県で2108人が一時、土葬された。

 厚生労働省によると、土葬は震災から10日後の2011年3月21日に始まり、石巻、気仙沼、東松島の3市と女川、亘理、山元の3町が実施。建設会社が重機で掘った穴の底に、犠牲者を納めたひつぎを自治体職員や自衛隊員らが置いた。

 並行して、火葬場に空きが出た地域から、遺体を掘り起こして火葬する「改葬」も行われ、同年11月まで続いた。

 仙台市の葬儀社「清月記」の菅原裕典社長(60)は土葬と改葬の両方に携わった。「99・9%が火葬される時代。初めての経験でつらい出来事だったが、故人をきちんと弔う使命感があった」と振り返る。

 震災の死者は計約1万5900人。宮城県では約9500人が亡くなった。

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