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福島の暗い道の先には-「未来」 タンクと課題、ひしめく【東日本大震災10年】

東日本大震災

福島の暗い道の先には-「未来」 タンクと課題、ひしめく【東日本大震災10年】

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桜の名所で知られる夜の森地区。帰還困難区域の暗闇の中にイルミネーションが輝き、フェンスで閉ざされた家屋が小さな明かりでほんのり照らされていた =福島県富岡町(本社ヘリから) 桜の名所で知られる夜の森地区。帰還困難区域の暗闇の中にイルミネーションが輝き、フェンスで閉ざされた家屋が小さな明かりでほんのり照らされていた =福島県富岡町(本社ヘリから)
廃炉へ向けた作業が続く東京電力福島第1原発1~4号機(右から)。建屋の奥には汚染処理水が入ったタンクが所狭しと並ぶ =福島県大熊町(本社ヘリから)
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廃炉へ向けた作業が続く東京電力福島第1原発1~4号機(右から)。建屋の奥には汚染処理水が入ったタンクが所狭しと並ぶ =福島県大熊町(本社ヘリから)フルスクリーンで見る 閉じる

 青、白、グレー…。整然と並んだタンクが、敷地を埋め尽くす。

 東日本大震災から3月で10年。事故が起きた東京電力福島第1原発では廃炉に向けた作業が進む。自動車と比べた瞬間、タンクの巨大さに衝撃を受けた。

原発事故の影響により帰還困難区域の民家の前には、除染作業による廃棄物の仮置場が迫っていた =福島県大熊町(本社ヘリから)
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原発事故の影響により帰還困難区域の民家の前には、除染作業による廃棄物の仮置場が迫っていた =福島県大熊町(本社ヘリから)フルスクリーンで見る 閉じる

 タンクの中身は放射性物質を含む汚染処理水。1基が1週間ほどで満杯になるという。廃炉にはあと30年以上かかる見込みだが、東電によると、来年夏ごろに敷地内のタンクの容量がいっぱいとなるとされ、リミットが迫っている。

 取材を続けると、原発事故は今も福島の周辺地域に深い傷痕を残していることを実感する。帰還困難区域の住宅に迫るのは除染廃棄物の仮置き場。建物の周囲に生い茂る草木が、年月の長さを物語っていた。

 レンズを向けるたびに受ける印象は「復興はまだ遠い…」がほとんど。しかし、そんななか「未来」を感じた光景があった。

平成29年5月に閉鎖したゴルフ場では、太陽光パネルが敷き詰められ「福島富岡ソーラーキャッスル発電所」として新たに生まれ変わっている =福島県富岡町(本社ヘリから)
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平成29年5月に閉鎖したゴルフ場では、太陽光パネルが敷き詰められ「福島富岡ソーラーキャッスル発電所」として新たに生まれ変わっている =福島県富岡町(本社ヘリから)フルスクリーンで見る 閉じる

 第1原発から約7キロ離れた富岡町の夜の森地区。帰還困難区域のため、夜間は暗闇に包まれるが、約150メートルの通りの並木だけがイルミネーションで淡く輝いていた。

 通りは震災前まで多くの花見客でにぎわう桜並木だった。昨年3月、住民の帰還や町の再生を目指す区域として立ち入りが一部先行解除され、震災後初のイベントとしてLEDを使ったライトアップが行われた。

特定復興再生拠点区域にあり休校中の県立浪江高校津島分校。緑に覆われ手つかずとなっていたグラウンドは整地されていた =福島県浪江町(本社ヘリから)
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特定復興再生拠点区域にあり休校中の県立浪江高校津島分校。緑に覆われ手つかずとなっていたグラウンドは整地されていた =福島県浪江町(本社ヘリから)フルスクリーンで見る 閉じる

 町観光協会は「10年が経過しても、夜の森の多くの人々にとって時間は止まったまま。その癒しや安らぎになればと始めました。この明かりが夜の森に少しでも人々が戻ってくるきっかけになれば」と話す。

平成30年8月に撮影した浪江高校津島分校。森がグラウンドに「浸食」し、松の木で覆われて始めていた (ドローンから)
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平成30年8月に撮影した浪江高校津島分校。森がグラウンドに「浸食」し、松の木で覆われて始めていた (ドローンから)フルスクリーンで見る 閉じる

 傷ついた町を照らすささやかな明かりは、復興のゆっくりとした歩みの先にある人々の希望も照らしている。そんな思いを込めてシャッターを切った。(写真報道局 納冨康)

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