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与謝野晶子 最晩年の「百首屏風」 さかい利晶の杜で公開へ

伝統・文化

与謝野晶子 最晩年の「百首屏風」 さかい利晶の杜で公開へ

更新 sty2010280019
与謝野晶子が最晩年に依頼され、制作した百首屏風=堺市堺区のさかい利晶の杜(寺口純平撮影) 与謝野晶子が最晩年に依頼され、制作した百首屏風=堺市堺区のさかい利晶の杜(寺口純平撮影)
屏風左下に書かれた晶子の署名 =堺市堺区のさかい利晶の杜(寺口純平撮影)
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屏風左下に書かれた晶子の署名 =堺市堺区のさかい利晶の杜(寺口純平撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 堺に生まれた歌人、与謝野晶子(1878~1942年)が最晩年に自作の短歌を書き付けた「百首屏風」の初公開が決まり、28日、さかい利晶の杜(堺市堺区)が発表した。同館によると、創作初期から晩年に至るまでの歌を網羅した屏風は珍しい。

 二つ折りの屏風は縦約175センチ、横約91センチ。代表的な歌集「みだれ髪」をはじめとした作品集から、晶子自身が選んだ計148首がところ狭しと並ぶ。故郷を懐かしむ「海こひし 潮の遠鳴りかぞへつつ 少女となりし 父母の家」や、恋心をうたった「何となく 君に待たるる ここちして いでし花野の 夕月夜かな」などの歌が流麗な文字でつづられ、「晶子」の自筆の署名もある。

与謝野晶子が最晩年に依頼され、制作した百首屏風=堺市堺区のさかい利晶の杜(寺口純平撮影)
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 百首屏風はこれまで約20点確認されているが、この屏風は、晶子が脳出血で倒れて半身不随となる2カ月前の昭和15年3月、高知県内の個人の依頼で制作された。その2年後に亡くなっており、担当者は「最後の百首屏風。歌人、与謝野晶子の集大成といえる」と評価している。

 公開は11月18日から来年1月18日まで。

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