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興福寺鐘楼に「袴腰」構造 スカート状、奈良期から?

遺跡・建造物

興福寺鐘楼に「袴腰」構造 スカート状、奈良期から?

更新 sty2009250011
 興福寺鐘楼跡の発掘現場=16日、奈良市  興福寺鐘楼跡の発掘現場=16日、奈良市
 法隆寺の東院鐘楼=25日、奈良県斑鳩町
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 法隆寺の東院鐘楼=25日、奈良県斑鳩町フルスクリーンで見る 閉じる

 奈良文化財研究所は25日、興福寺(奈良市)の鐘楼跡の発掘で、スカートのような構造の「袴腰」で鐘楼下層が覆われていた可能性が高いとする研究成果を発表した。研究所によると、袴腰がある鐘楼は、平安時代後期に建立されたという法隆寺東院鐘楼(奈良県斑鳩町)が最古と考えられていたが、興福寺創建の奈良時代までさかのぼる可能性が出てきた。

 寺の由来などが記された「興福寺流記」から、鐘楼は天平宝字年間(757~765年)には完成していたことが分かっている。これまで8度ほど火災に遭い、1717年の焼失後、再建されず、礎石や土台部分の基壇が残っていた。

 研究所は2015年にも鐘楼跡を発掘。建物や基壇の大まかな規模を確認していた。今回の調査では基壇上面に「ロ」の字形の溝(南北13.4メートル、東西10.1メートル)を確認。この溝にはめ込むよう袴腰が設置されていたとみられる。

 

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