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自粛の岸和田だんじり祭 「やっぱり曳きたい」【動画あり】

伝統・文化

自粛の岸和田だんじり祭 「やっぱり曳きたい」【動画あり】

更新 sty2009190011
コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前9時3分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影) コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前9時3分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)
コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前8時13分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)
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コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前8時13分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 大阪府岸和田市で「岸和田だんじり祭」が19日、初日を迎えた。新型コロナウイルスの感染防止のため、運営主体はだんじりの曳行(えいこう)自粛を決めたが、一部の地域ではだんじりを披露したり、一部で曳行したりするなどして町を景気づけた。江戸時代から続く祭りはこれまでも戦争や震災の影響による中断の危機を乗り越えてきた経緯がある。今年は全市にわたって行われる勇壮な曳行はおあずけになったが、神事などを通じて、祭りを守ってきた先人の心意気を受け継いでいく。(牛島要平)

来年につなげるためにも

 岸和田市紙屋町(かみやちょう)ではこの日午前6時に小屋からだんじりを出した。曳行と呼ばれる曳き回しは行わず、三国志の場面の彫り物が壮麗なだんじりの周りで笛などの鳴り物の演奏が行われるだけだが、法被姿の幅広い世代の町民が集まり、だんじりによじ登る子供たちの姿もあった。夜には提灯をかけて明かりをともす。

コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前9時8分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)
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コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前9時8分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 町会長の七野徳重(しちのなるしげ)さん(58)は「自粛は仕方ないが、歴史ある祭りを何らかの形で残したい。これが令和2年の祭り。来年につなげるための今日なんや」と呼びかけた。青年団の中西淳(じゅん)さん(23)は「法被を着てだんじりを見ると曳きたくなる。でも年上の人たちとゆっくり話ができる機会が得られた。これもいい」と話した。

コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前8時52分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)
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コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前8時52分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 だんじり祭は約300年前に始まったとされ、市内の22町(岸和田地区)ごとに所有するだんじりが勢いをつけて街角を直角に曲がる「やりまわし」が見どころとして知られる。昨年は2日間で計約41万6千人の観客が訪れた。

 今年は運営主体の「岸和田地車祭礼年番」が市内全体での曳行自粛を決めたが、19日は複数の町がだんじりを披露。町内に限って曳行するところもあり、来年以降の曳行実現への思いを強くしていた。

GHQが焼却指示?

 「岸和田だんじり祭は先輩方が作ってくれた祭り」。こう話すのは「岸和田だんじり祭運営協議会」の会長を務める同市紙屋町の山本義治さん(83)。だんじり祭の運営を担う年番長などを歴任してきた。

コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前9時3分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)
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コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前9時3分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 今月1日、各町の代表が集まる会合で講演し、だんじり祭が、コレラ流行や震災などを理由に何度も中止を余儀なくされた歴史をひもときながら、その都度、町の人たちの努力で再開してきたことを強調した。

 山本さんはまた、終戦後に「だんじり焼却の危機」があったことを後輩たちに伝えた。平成4年にまとめられた町史によると、昭和22年に連合国軍総司令部(GHQ)から「(各町の)だんじりを焼却処分にするように」との指令が出たという。山本さんは「GHQはだんじりを戦争協力の象徴と判断したのではないか」と推測する。

コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前9時29分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)
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コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前9時29分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 確かに、戦時中のだんじりの中には「一億決死隊」と書かれた垂れ幕を掲げたものもあり、戦意高揚と無縁ではなかった。また、「町の若者が出征するときに、だんじりを駅まで曳いて見送った」とも伝わる。

 しかし、当時、青年団長の1人がGHQに対して「だんじりは青年団のレクリエーション」と説得して焼却を免れたと伝えられる。山本さんは「先輩たちの努力がなければ祭りは終わっていた」と話す。

感染対策を徹底

 だんじり祭で全市にわたって曳行が行われないのは、終戦直後の昭和20年以来、75年ぶりとなる。ただ、「神事は何があろうと行い、来年につなげたい」との思いから、20日には市内の3神社に参拝する神事の中核行事「宮入り」の実施を決めている。例年は各町のだんじりを境内に曳き入れるシーンが見せ場の一つだが、今年は20日午前、町の責任者約10~15人が順に参拝して、人が密集しないように感染防止策を徹底して行う。20日も19日同様、だんじりを披露したり、町内だけを曳行する町がいくつかあるという。

コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前8時49分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)
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コロナ感染拡大防止のため曳行自粛となった岸和田だんじり祭。紙屋町ではだんじりを小屋の隣の駐車場に置いたまま鳴り物が鳴らされた =19日午前8時49分、大阪府岸和田市紙屋町(鳥越瑞絵撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 だんじりを見守り続けてきた山本さんは「この機会に『神(かみ)さんごと(神事)』として受け継がれてきた祭りの歴史を見つめ直し、誇りを来年につないでほしい」と話している。

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