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近藤勇自ら記した役割表か 新選組の黎明期、手紙に

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近藤勇自ら記した役割表か 新選組の黎明期、手紙に

更新 sty2004250001
 新選組局長の近藤勇が書いた手紙を写したとみられる史料。右ページに、近藤の名前や日付があり、運営方針の対立から暗殺された芹沢鴨について「変死」と記している。左のページには役割表が記されている(群馬県立文書館所蔵)  新選組局長の近藤勇が書いた手紙を写したとみられる史料。右ページに、近藤の名前や日付があり、運営方針の対立から暗殺された芹沢鴨について「変死」と記している。左のページには役割表が記されている(群馬県立文書館所蔵)
 近藤勇(国立国会図書館蔵)
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 幕末に活動した新選組の局長、近藤勇が結成前後に自ら隊士の役割表を記した手紙を写したとみられる史料が、群馬県立文書館に残されていることが25日、分かった。

 手紙の日付は1863(文久3)年9月20日で、運営方針を巡り対立した芹沢鴨の暗殺直後。新選組の存在が広く知られるようになったのは、攘夷派を襲撃した翌年6月の池田屋事件以降で、黎明期の様子を理解する貴重な史料となりそうだ。

 手紙は、現在の群馬県伊勢崎市で旗本の家臣の家柄だった萩原信之家に残された文書のうち「梧桐叢書」と題した冊子に収められていた。近藤が出した他の手紙もあり、ゆかりの人物が所有していた史料を、まとめて写した可能性がある。

 内容は、江戸市中にあった剣術道場、試衛館の創設者で養父だった周助の容体悪化を伝えられながら、京都を離れられない理由をつづったもの。道場の跡を継いだ近藤に代わり、留守を預かる幕臣の寺尾安次郎へ宛てたものとみられる。

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