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平城宮近くに大型邸宅跡 高位の貴族邸宅か

遺跡・建造物

平城宮近くに大型邸宅跡 高位の貴族邸宅か

更新 sty1907190007
 奈良時代-平安時代前半の貴族の邸宅跡とみられる遺構=奈良市(同市教育委員会提供)  奈良時代-平安時代前半の貴族の邸宅跡とみられる遺構=奈良市(同市教育委員会提供)

 平城宮跡(奈良市)の東側で、奈良時代-平安時代前半の貴族の邸宅跡とみられる遺構が見つかり、奈良市埋蔵文化財調査センターが19日発表した。

 奈良時代-平安時代前半の貴族の邸宅跡とみられる遺構=17日午後、奈良市
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 遺構は平城京左京一条三坊と呼ばれる場所で、平城宮に近い「一等地」。約6万1千平方メートルもある大型宅地跡で、周辺には長屋王や藤原不比等の邸宅があったと考えられており、今回も位が高い貴族の邸宅だった可能性がある。

 当時は官位に応じて宅地の広さが決まり、位が高いほど平城宮に近く広い土地を与えられた。遺構は、市立一条高の敷地内にあり、講堂建設に伴う発掘で見つかった。柱穴が多数確認され、少なくとも7棟の建物があったとみられる。

 平城京は碁盤の目のような道路が特徴だが、敷地内には本来あるはずの道路跡がないことから、平城京に遷都した当初に巨大な宅地として造営されたと考えられるという。

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