【美しきにっぽん】青空映す ふるさとの宝 三重・熊野「丸山千枚田」
更新 sty1906050001 キジやカエルの鳴き声が響く。青空を映す水田とあぜ道が、網の目のような模様を織りなす。昔ながらの“美しい”田植えの光景だ。だが、眺めていると人影と比べ、一枚の田んぼがどれだけ小さいのかに気づき、はっとさせられた。
三重県熊野市の南西部に位置する「丸山千枚田」。高低差約150メートルの山肌に広がる田んぼは1340枚を数え「日本の棚田百選」に選ばれている。
造成時期は不明だが、慶長6(1601)年には2240枚あったという。平成初期には約500枚に減ったが、住民らが保存会を発足し、崩れた石垣や荒れた休耕田を整備して約800枚を復元。オーナー制などを導入して守り続けてきた。
一枚一枚の田んぼが小さい棚田は、農業用の機械が入らず、田植えや稲刈りなどは手作業で行わざるを得ない。郷愁を誘う光景は、守る人々の膨大な手間があって初めて存在する。
ちゃぽん、ちゃぽん-。あぜ道を歩くと、保存会の会長の喜田俊生さん(70)と妻の啓子さん(68)が苗を植えていた。田面(たづら)に手が差し込まれるたびに音が刻まれる。2人の後ろには、緑の苗が等間隔に並び轍(わだち)のように続く。
「手作業は時間も労力もかかるし管理も大変。でも1人じゃ無理なことも、仲間と支え合えば乗り越えられる」と俊生さん。吹き抜ける風に負けず、ぴんと伸びる苗が2人の姿に重なった。
現在、保存会は高齢化が進み、後継者の育成が課題となっている。そんななかで昨冬、同市出身の中村博敏さん(42)が加わった。
中村さんは「ふるさとの宝を自分も守れれば」と初めての米作りにのぞむ。「手探りばかりだけど、この千枚田で培われてきた技を受け継いでいきたい」
取材を終えると「ご飯食べていく?」と喜田夫妻。食卓を囲んで、炊きたてのご飯を食べると甘さが口に広がった。「新米はもっとおいしいんだよ」と俊生さんが笑顔を見せた。
400年以上も続いてきた棚田の“美しさ”は、きっと人の強さと優しさの象徴だ。だからこそ、これからも失われることなく続いて欲しい。そう願いながら帰路についた。(写真報道局 渡辺恭晃)