産経フォト

「虫の目」を持つカメラマン 昆虫写真家 栗林慧

ニュース

「虫の目」を持つカメラマン 昆虫写真家 栗林慧

更新 sty1905140004
「虫の目レンズ」を装着したカメラを構える栗林慧さん。自宅アトリエの庭も、昆虫を撮影するための“オープンスタジオ”だ =長崎県平戸市田平町(尾崎修二撮影) 「虫の目レンズ」を装着したカメラを構える栗林慧さん。自宅アトリエの庭も、昆虫を撮影するための“オープンスタジオ”だ =長崎県平戸市田平町(尾崎修二撮影)
虫の目レンズで撮影した「オオカマキリ」(提供・栗林慧氏)
画像を拡大する
虫の目レンズで撮影した「オオカマキリ」(提供・栗林慧氏)フルスクリーンで見る 閉じる

 長崎県平戸市の海に面した豊かな自然を拠点とし、世界にその名をとどろかせる写真家・栗林慧さん(80)。
 1969年に写真家として独立以来、当時のカメラでは撮影が困難だった昆虫の生態写真を、次々と作品として発表して数々の賞を受賞してきた。
 中でも2006年、科学写真のノーベル賞とも言われる「レナート・ニルソン賞」の受賞は、革新的な撮影手法と斬新な映像が世界に認められた証となった。
 15年には映画「アリのままでいたい」を公開。自ら撮影総監督として昆虫たちの生態を〝アリの目線〟で描いたドキュメンタリーもまた、栗林さんが開発した3Dカメラによるもので、大きな反響を呼んだ。

「自分の映像のために必要なものは作ればいい」

「虫の目レンズ」など数々の機材を生み出してきた工房を紹介してくれた栗林慧さん。「足りない物は作る」の言葉通り、様々な工作機器がそろっていた =長崎県平戸市田平町(尾崎修二撮影)
画像を拡大する
「虫の目レンズ」など数々の機材を生み出してきた工房を紹介してくれた栗林慧さん。「足りない物は作る」の言葉通り、様々な工作機器がそろっていた =長崎県平戸市田平町(尾崎修二撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 「求める写真を撮るために必要な機材が無かったら、作ればいいんですよ」と笑って話す栗林さんだが、ここまでの道程は簡単なものではなかった。
 昆虫の通り道に自作の赤外線センサーをセットし、通過する瞬間を超高速シャッターとストロボの閃光を活かして撮影する技術は、高速で羽ばたく昆虫の羽の動きを完全に静止させ、当時の写真界に衝撃を与えた。次に世間を驚かせたのが「虫の目レンズ」だ。小さな昆虫からわずか5ミリの近接撮影でも背景があまりボケず、周囲の情景を広く鮮明に写し込む事ができる。見た人は、まるで自分が昆虫になってその場にいるような気分を味わえる。写真の中のバッタやカマキリは、今にも飛びかかってきそうな迫力満点な雄姿を見せてくれる。

「止まったらおしまい」

栗林慧さんの新旧「昆虫撮影用カメラ」、左が「虫の目レンズ」を装着したソニー製のデジタルカメラ。右は中判サイズのフィルムを使用するゼンザブロニカを改造した“昆虫スナップカメラ”だ。レンズの真上にストロボを配置し、その閃光と高速シャッターで昆虫の動きを写し止める。もちろん、この他にも無数の機材が大切に保管されていた =長崎県平戸市田平町(尾崎修二撮影)
画像を拡大する
栗林慧さんの新旧「昆虫撮影用カメラ」、左が「虫の目レンズ」を装着したソニー製のデジタルカメラ。右は中判サイズのフィルムを使用するゼンザブロニカを改造した“昆虫スナップカメラ”だ。レンズの真上にストロボを配置し、その閃光と高速シャッターで昆虫の動きを写し止める。もちろん、この他にも無数の機材が大切に保管されていた =長崎県平戸市田平町(尾崎修二撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 医療用の内視鏡の改良からスタートして、監視カメラや映画用レンズなどを組み合わせた「虫の目レンズ」にたどり着くまで「試行錯誤の連続。十数台は作って、壊してきた」と話す栗林さん。
 産みの苦しみについて訪ねると「それは無かった」ときっぱり。「克服してしまえば、苦しかった事なんて心に残ってないよ」と笑い飛ばす。
 まだまだ若い人には負けていないと胸を張る栗林さんが、取材の最後に話してくれた印象的なフレーズがある。「止まったらおしまい。〝自分の世界〟に取り入れられる良いものがあれば、なんでも取り入れる。この先もずっと」この言葉に、栗林さんがこれまで長きにわたって日本の生物生態写真の分野を牽引し続けてきたパワーの源を見た気がした。

自作した「虫の目レンズ」を装着したカメラを構える栗林慧さん。レンズの先端から5ミリの被写体にもピントが合う =長崎県平戸市田平町(尾崎修二撮影)
画像を拡大する
自作した「虫の目レンズ」を装着したカメラを構える栗林慧さん。レンズの先端から5ミリの被写体にもピントが合う =長崎県平戸市田平町(尾崎修二撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 〝昆虫を止める〟技術で世界に知られた栗林さんだが、自身は決して立ち止まらない。「まだまだ新しい表現方法を探し続けますよ」と眼鏡の奥の目を輝かせる。次なる〝栗林慧の昆虫写真の世界〟がとても楽しみだ。
 そんな栗林さんが80歳を迎える5月に、東京・新宿で写真展を開催する。ズバリ「昆虫」と題した写真展には、かなり昔に撮影された作品も展示する予定だという。「当時の写真が今でも通用する事を証明するとともに、これまでの自分の技術を活かした昆虫の形態美・機能美を見て欲しい」栗林さんは自信に満ちた口調で語った。

【取材後記】

 栗林さんの被写体に向き合う姿勢に、心底感動させられた。執念ともこだわりとも違う、何か心の奥底からの声に呼応して、撮影をしている様に思える。
 記者は、初めての一眼レフカメラを手にして間もなく、栗林さんの作品と出会った。一体どのようにして撮ったのか、どれ程の時間を費やしたのか、どんな方なのか…頭の中が栗林さんの事で一杯になった。
 新聞社の写真記者として働き始めてからは、昆虫を撮る機会というのはほぼ皆無となってしまったが、スポーツ写真にしろ、ライフワークの猫の写真にしろ〝納得できるまで粘るしつこさ〟を学ばせて頂いた。それでも栗林さんには遠く遠く及ばない。

栗林慧さんが自作した「虫の目レンズ」。マウント部を交換することで各種カメラに装着可能だ。もちろん、そのマウントアダプターも自作してしまう =長崎県平戸市田平町(尾崎修二撮影)
画像を拡大する
栗林慧さんが自作した「虫の目レンズ」。マウント部を交換することで各種カメラに装着可能だ。もちろん、そのマウントアダプターも自作してしまう =長崎県平戸市田平町(尾崎修二撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 その事を改めて思い知らされたのが、今回の個展だ。若い者にはまだまだ負けないという強い意思。
 80歳にして更なる進化を遂げるべく、新しい映像を追い求める姿。自分の一生をかけて追い続ける背中の大きさを、15歳にして見つけていた自分を褒めたい。
 取材前、電話で打ち合わせをした時の事。テレビや映画館で聞き慣れた声と口調を耳にして、手が震える自分に気付いた。それほどまでに畏敬の念を抱いていた、写真の、そして人生の恩師との38年の時を経た初対面だった。(写真報道局 尾崎修二)

スゴい!もっと見る

瞬間ランキングもっと見る

話題のランキング