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渋沢栄一を肌で感じて 東京・北区「青淵文庫」 

遺跡・建造物

渋沢栄一を肌で感じて 東京・北区「青淵文庫」 

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ステンドグラスが華やかな青淵文庫の1階閲覧室。建設中に、収める予定だった書籍が関東大震災で消失したため、主に応接の場として使われた =東京都北区(松本健吾撮影) ステンドグラスが華やかな青淵文庫の1階閲覧室。建設中に、収める予定だった書籍が関東大震災で消失したため、主に応接の場として使われた =東京都北区(松本健吾撮影)

 桜の名所として知られる東京都北区の飛鳥山公園。この丘の一角に約500もの会社の創立と経営に関わり「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一の書庫「青淵(せいえん)文庫」が残る。

 れんがと鉄筋コンクリートの2階建て。1階の閲覧室には精緻で色彩豊かなタイルやステンドグラスが配され、2階の書庫につながる階段は流れるような曲線を描いている。大正14(1925)年、傘寿と子爵(ししゃく)昇格のお祝いにと、渋沢を慕う弟子たちが贈った一棟だ。

 管理する渋沢栄一記念財団の学芸員、川上恵さんは「大正時代にありながら独創的なデザインで、栄一への親愛と尊敬の念が隅々まで込められている。栄一が晩年を過ごした空間を肌で感じることができる貴重な建物」と説明する。

 渋沢は、91歳で生涯を閉じるまでの約30年間を都心から少し離れた閑静なこの地で過ごした。書や散歩を楽しみ、国内外の賓客をもてなしていたという。飛鳥山には青淵文庫のほかに、洋風茶屋「晩香廬(ばんこうろ)」が戦火を逃れ、往時の名残をとどめている。

 論語に通じ「道徳と経済の一致」を信条に、利のみならず公益を追求した渋沢が新一万円札の肖像になる。ゆかりの地を歩くと、「あなたは手にしたお金をどう使うのか」と問う声が聞こえてくるようだった。(写真報道局 松本健吾)

360°パノラマで見る「渋沢栄一の青淵文庫」

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