【美しきにっぽん】はぐくみ、うるおす 命の源 熊本県北部・阿蘇 水源の村
更新 sty1905100001林道を歩く途中、せせらぎの音がかすかに聞こえてきた。上り坂と下り坂を越えると、視界が開ける。苔(こけ)むした切り株や倒木などの緑が水面に写り込む風景が広がった。
熊本県北部に位置する産山(うぶやま)村の「山吹(やまぶき)水源」。水質は常に底が見えるほど透明度が高い。ふつふつと湧く水が小さな砂を押し上げている様子がよく見える。水温は年間を通じて約13度。冬は水面に湯気が上がり、夏は驚くほど冷たく感じるという。水中をのぞくとコイの仲間のタカハヤが心地よさそうに泳いでいた。
周囲にはスギやカエデ、フジなどの原生林が広がり、風のない時はそれらが水面に写り込む景色が見られる。
「ここの水は大分県のくじゅう連山からもたらされているんですよ」。産山村企画振興課の井山健一郎さんは話す。村では飲料水を水源でまかなっている。阿蘇地域は、ユネスコが認定する世界ジオパークに登録されているが、魅力のひとつとして、生活を支える水源もあげられている。
村内にある「池山(いけやま)水源」には、県外からも多くの人が水を求めて訪れる。環境省が指定した名水百選に選ばれている水源には、水神(みずがみ)様が祭られていた。訪ねたときも、福岡県柳川市から月に1度来るという女性が家族でポリ容器に水をくんで車へと運んでいた。
平成28年4月に発生した熊本地震では、1日だけ水源が濁(にご)ったという。近くで食堂を営む男性は「水源には不思議なパワーがありますから、あまり心配はなかったですね」と地震発生当時を振り返った。
水を口に含むと、口当たりが良く、まろやかだがすっきりしている。のどを過ぎると、すがすがしい気持ちになった。
阿蘇山の裾野、南阿蘇村も水源の村で知られる。村内の「小池水源」のそばには南阿蘇鉄道が走り、のどかな景色が広がる。
地震の際には、自衛隊が県内の水源から水をくんで被災者の風呂を沸かしたという。
阿蘇の地に広がる水源。「生命の泉」は、人と自然の営みを脈々と生み出し続けている。(写真報道局 彦野公太朗)