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【白洲信哉 旅と美】一枚一枚異なる趣と鮮やかさ 

伝統・文化

【白洲信哉 旅と美】一枚一枚異なる趣と鮮やかさ 

更新 sty1903170001
企画展「古美術から見る東大寺の美」で公開された「二月堂連行衆盤」(1298年制作、直径約43センチ) =昨年6月、奈良市の東大寺本坊大広間(PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F4.0 1/60sec ISO 3200) 企画展「古美術から見る東大寺の美」で公開された「二月堂連行衆盤」(1298年制作、直径約43センチ) =昨年6月、奈良市の東大寺本坊大広間(PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F4.0 1/60sec ISO 3200)
平安時代初期の文献や、三大絵巻の絵画などに、朱漆器は頻繁に登場していることから、当時の神社や寺院、貴族の間では、ごく日常的に使われていたようだ(PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F5.6 1/20sec ISO 3200)
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平安時代初期の文献や、三大絵巻の絵画などに、朱漆器は頻繁に登場していることから、当時の神社や寺院、貴族の間では、ごく日常的に使われていたようだ(PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F5.6 1/20sec ISO 3200)フルスクリーンで見る 閉じる

 古都奈良に春の訪れを告げる伝統行事「お水取り」。正しくは「修二会(しゅうにえ)」と言い、東大寺二月堂において十一面観音に悔過(けか)する行法(ぎょうぼう)。752(天平勝宝4)年に実忠和尚(じっちゅうかしょう)により始められ、以後1260余年、1度の中断もなく続いている奇跡的な行で、1~14日の本行の間、練行衆(れんぎょうしゅう)<参籠(さんろう)する僧侶>が毎日食事のときに使うお盆が、ここに紹介する「二月堂練行衆盤」の「用の美」を創り上げたのである。

根来は、非常に手の込んだ、螺鈿や高蒔絵といった漆の高級品ではなく、長い歴史を持つ漆芸の言わば基層を成した量産品なのである(PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F5.6 1/20sec ISO 3200)
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根来は、非常に手の込んだ、螺鈿や高蒔絵といった漆の高級品ではなく、長い歴史を持つ漆芸の言わば基層を成した量産品なのである(PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F5.6 1/20sec ISO 3200)フルスクリーンで見る 閉じる

 「根来(ねごろ)」は昨今、海外では「NEGORO」で通るようになったが、漆器の一製法で、下地の黒漆の上に朱漆を塗り重ねたものが、使って拭いてはしまい、また使っているうちに、上塗りの朱色が使うことにより剥げると、下地の黒漆がにじむように現れ、赤と黒の無作為の抽象文様を「根来」という。

「根来に根来なし」と言われるように、語源である和歌山県根来寺は、秀吉の根来攻めにより焼失。朱漆器は生産されてはいたが、輪島塗のような産地名ではないのでお間違いなく(PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F5.6 1/15sec ISO 3200)
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「根来に根来なし」と言われるように、語源である和歌山県根来寺は、秀吉の根来攻めにより焼失。朱漆器は生産されてはいたが、輪島塗のような産地名ではないのでお間違いなく(PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F5.6 1/15sec ISO 3200)フルスクリーンで見る 閉じる

 ケヤキの一枚板をろくろひきで成形した26枚は、13世紀末から幕末まで使用され、明治以降、同形復元新調され引退したが、一枚一枚違った趣を醸し出した鮮やかで濃い朱色が「日輪」を連想させることから、近代、数寄者が垂涎(すいぜん)のものとして珍重し、「日の丸盆」の通称が定着したのである。

                

白洲信哉(しらす・しんや) 白洲信哉(しらす・しんや)  文筆家。昭和40年生まれ、東京都出身。日本文化の普及に努め、展覧会など文化イベントの制作にも携わる。最新刊「旅する舌ごころ」(発行・誠文堂新光社)発売中。 

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