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ボランティアに救われた写真電送 サッカーW杯決勝取材秘話

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ボランティアに救われた写真電送 サッカーW杯決勝取材秘話

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 豪雨の中、優勝の喜びを爆発させるフランスの選手たち。憧れ続けていた光景だったが電送用パソコンが気になって感慨に浸る余裕はなかった=7月15日、モスクワ(撮影・中井誠)  豪雨の中、優勝の喜びを爆発させるフランスの選手たち。憧れ続けていた光景だったが電送用パソコンが気になって感慨に浸る余裕はなかった=7月15日、モスクワ(撮影・中井誠)

 サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会が終わって5カ月が過ぎた。大会を思い起こせば、初戦のロシア大勝から始まり、ポルトガルのロナルドのハットトリック、日本がベスト8進出の夢をつかみかけたベルギー戦、クロアチアの躍進、フランスの優勝など印象深い大会だった。しかし、私には数々の名場面以上に忘れられない「取材秘話」がある。

 大雨の中、喜びを爆発させるフランス代表のエムバペ(中央)とジルー(左)=7月15日、モスクワ(撮影・中井誠)
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 大雨の中、喜びを爆発させるフランス代表のエムバペ(中央)とジルー(左)=7月15日、モスクワ(撮影・中井誠)フルスクリーンで見る 閉じる

 この大会、世代交代に成功した国や、ショートカウンターなど特別な武器を持つ国は、試合を有利に進めた。逆に若手の台頭がなかった国や、新しい戦術を持たない国、また、それに対応できない国は早々と姿を消した。

 試合会場は暑い街や寒い街、歴史都市、観光名所、巨大な首都などさまざま。スタジアムはW杯にふさわしい、美しく大きなものばかりで、アクセスも悪くなかった。サポーターやメディアを迎える市民は寛容で、W杯開催をめぐりデモが起きたブラジル大会と違い、ロシア国民はW杯開催に好意的だと感じた。

 ボランティアも優秀で存在感があった。空港や駅でのインフォメーション業務、試合会場への道案内からスタジアムでのセキュリティー補助まで、国内外から集まった老若男女が、大会成功のために一丸となって働いていた。

 10代後半から20代のロシア人ボランティアは、英語も話せてサポーターやメディアとも積極的に交流していた。彼らのおかげで、私もスムーズに会場にたどり着き、何の苦もなく取材に集中することができた。

 激しい雨にフランス代表のエムバペ(中央・10番)やジルー(左から2人目・9番)も驚いていた=7月15日、モスクワ(撮影・中井誠)
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 激しい雨にフランス代表のエムバペ(中央・10番)やジルー(左から2人目・9番)も驚いていた=7月15日、モスクワ(撮影・中井誠)フルスクリーンで見る 閉じる

 そんな中で、特に印象深い出来事がある。

 7月15日の決勝、フランス対クロアチアの一戦。大会中、私は雨に降られたことがほとんどなかった。降られても試合前に止んだり、試合終了後から降り出したりと恵まれていた。ところが、この日は試合途中に雲行きが怪しくなり、ボランティアから雨がっぱが配られた。

 試合終了10分前には、フランスの勝利を確信したカメラマンがゲームの撮影ポジションから、大挙してメーンスタンド側のピッチサイドに移動し始めた。試合後のカップアップセレモニーの場所取りのためだ。私も慌ててカメラを持って移動することにした。

 雨も心配したが降らないと信じ、写真電送用のパソコンを試合撮影のポジションに置いたまま移動した。パソコンを持って、世界中のカメラマンと激しい場所取りに「参戦」するのは、無理な話だった。

 試合の幕切れを撮り終わると、海外の大柄なカメラマンたちと押し合いへし合いになった。誰もが少しでもいいポジションを確保したいと必死だ。何とか取材位置を確保して、最後のセレモニーを心待ちにした。

 ところが、窮屈な姿勢で待ち続けたものの、一向に始まる気配がない。30分は待っただろうか。とうとう恐れていた雨が降り始めた。最初、ポツポツと降っていたが、数分後にはバケツをひっくり返したような雨に変わった。

 それでもセレモニーは始まらず、カメラマンから怒号が飛び交い始めた。私も大声で怒鳴りたかったが、パソコンが心配でそれどころではなかった。この後どうやって写真を送ろうか、土砂降りの中で、パソコンの画面で写真を確認できるのか-不安ばかりが頭をよぎった。そんな中、セレモニーがようやく始まった。

 優勝したフランスの選手の歓喜が爆発する。グリーズマンが、エムバペが、デシャンが次々とカップアップし、大雨で水浸しのピッチに頭から滑り込み、喜びを表現する選手もいた。憧れ続けたW杯取材。特に楽しみにしていた優勝セレモニーだったが、もはや苦痛でしかなかった。早くパソコンの安否を確認したかった。

 歓喜のパフォーマンス取材もそこそこに、私は試合中の取材位置に戻った。次の瞬間、視界に入った光景に、自分の目を疑った。ぬれて無残な姿をさらしているはずのパソコンに、試合中に配られた雨がっぱがかぶせられていた。恐る恐る下をのぞくと、ほとんどぬれずに無傷のパソコンが姿を現した。

 信じられなかった。1分1秒を争う写真電送だったが、スムーズに送ることができた。

 誰が雨がっぱをかぶせてくれたのだろうか。セレモニーの取材で、ほぼ全てのカメラマンはメーンスタンド側に移動していた。考えられるのは、ピッチでメディアや観客の対応をしていた数人のボランティアの若者だけだった。辺りを見渡したが、それが誰なのかは分からなかった。

 しかし、大会を通じて感じたボランティアの姿勢や意識の高さを考えれば、彼らの誰かが機材を守ってくれたとしか考えられない。私にとってロシアW杯は見事な大会だった。(中井誠)

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