産経フォト

【白洲信哉 旅と美】潜伏キリシタン 守り続けた信仰の証し

伝統・文化

【白洲信哉 旅と美】潜伏キリシタン 守り続けた信仰の証し

更新 sty1810120012
昔ながらの漁村の暮らしが息づく﨑津集落にある山下不二夫さん宅の祭壇(PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F3.5 1/50sec ISO 800) 昔ながらの漁村の暮らしが息づく﨑津集落にある山下不二夫さん宅の祭壇(PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F3.5 1/50sec ISO 800)
﨑津集落から程近い大江教会近くの山下家。天照大御神の床の間と、先祖代々の仏壇にはさまれてクロスのある祭壇が設えられている (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F4.0 1/30sec ISO3200)
画像を拡大する
﨑津集落から程近い大江教会近くの山下家。天照大御神の床の間と、先祖代々の仏壇にはさまれてクロスのある祭壇が設えられている (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F4.0 1/30sec ISO3200)フルスクリーンで見る 閉じる

 今年7月に世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎、熊本)。その構成資産内にある「﨑津(さきつ)教会」(熊本県天草市)は、天草下島の羊角湾(ようかくわん)が深く入り込んだ、海と山の急斜面に挟まれた狭い平地に、所狭しと民家が立ち並ぶ集落のシンボルである。欧州の小さな村にも必ず1つはあるゴシック様式のそれとよく似て、「海の天主堂」とも呼ばれ、素朴な漁村の景観に映えている。江戸時代の記録では集落の約70%がキリシタンであったとされ、禁教下の約250年もの間、信仰を守り続けた。

フランス人のハルブ神父のより建てられた﨑津教会は、江戸時代の禁教令下で絵踏みが行われていた庄屋の屋敷跡に1934年建設 (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F13 1/200sec ISO200)
画像を拡大する
フランス人のハルブ神父のより建てられた﨑津教会は、江戸時代の禁教令下で絵踏みが行われていた庄屋の屋敷跡に1934年建設 (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F13 1/200sec ISO200)フルスクリーンで見る 閉じる

 僕が訪ねた山下不二夫さんのお宅には、床の間の横に祭壇があり、表向きは神社の氏子と、寺の檀家(だんか)を装っていた潜伏キリシタンにとって、地域と折り合いをつけながら、宗教を超えた祈りの世界があり、身近なアワビの貝殻の内側にある模様を聖母マリアに見立てるなど、漁村特有の信仰もあった。

 教会は、毎年踏み絵が行われていた場所に、1934(昭和9)年に再建された。内部は畳敷きで祭壇が設けられたのが、まさしくその場所で、長らくの禁教を強いられた祖先を思うとき、その場所に祭壇を、と信者が考えたのは当然のことだった。

白洲信哉(しらす・しんや) 白洲信哉(しらす・しんや)  文筆家。昭和40年生まれ、東京都出身。日本文化の普及に努め、展覧会など文化イベントの制作にも携わる。最新刊「旅する美」(発行・目の眼)発売中。 

スゴい!もっと見る

瞬間ランキングもっと見る

話題のランキング