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金閣寺で幻の池見つかる 義満急死し未完成か

遺跡・建造物

金閣寺で幻の池見つかる 義満急死し未完成か

更新 sty1810110016
 金閣(左奥)の前にある鏡湖池の南側で見つかった別の池跡(人物の右側)=11日午後、京都・金閣寺  金閣(左奥)の前にある鏡湖池の南側で見つかった別の池跡(人物の右側)=11日午後、京都・金閣寺
 江戸時代の絵図「北山鹿苑寺絵図」。中央に鏡湖池、その下に「幻の池」が描かれている(鹿苑寺提供)
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 江戸時代の絵図「北山鹿苑寺絵図」。中央に鏡湖池、その下に「幻の池」が描かれている(鹿苑寺提供)フルスクリーンで見る 閉じる

 京都市北区の世界遺産・金閣寺(鹿苑寺)は11日、金閣の前にある鏡湖池の南側で、別の池跡(東西約76メートル、南北約45メートル)が見つかったと発表した。江戸時代の絵図「北山鹿苑寺絵図」(1790年)だけに描かれた「幻の池」で実態がよく分かっていなかった。室町幕府3代将軍足利義満が山荘「北山殿」を整備した14世紀末に造成されており、金閣寺の変遷を知る手掛かりとして注目を集めそうだ。

 水を張った痕跡はなく、庭園のような空間として活用されたらしい。発掘した市埋蔵文化財研究所は「義満は突然亡くなったため、北山殿を使ったのは10年ほどしかなかった。一定の形はできていたが、水を張るところまでたどり着かず未完成の池だったのではないか」としている。

 鏡湖池(奥)と今回見つかった池を隔てる堤の発掘現場=2017年6月、京都・金閣寺(京都市埋蔵文化財研究所提供)
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 鏡湖池(奥)と今回見つかった池を隔てる堤の発掘現場=2017年6月、京都・金閣寺(京都市埋蔵文化財研究所提供)フルスクリーンで見る 閉じる

 義満は1397年から北山殿を整備。室町幕府の政治の中心地として機能し、1408年に義満が亡くなると、鹿苑寺となった。

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