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【はたらくいきもの】つなぐものは信頼 海鵜と心通わせ 宇治川の鵜飼(京都・宇治市)

生き物

【はたらくいきもの】つなぐものは信頼 海鵜と心通わせ 宇治川の鵜飼(京都・宇治市)

更新 sty1808110001
鵜匠が見守るなか、宇治川の河川敷で、縄を用いない「放ち鵜飼」の訓練に励む =京都府宇治市(恵守乾撮影) 鵜匠が見守るなか、宇治川の河川敷で、縄を用いない「放ち鵜飼」の訓練に励む =京都府宇治市(恵守乾撮影)
「おつかれさま」。この夜の鵜飼いを終え、鵜小屋に海鵜を戻す鵜匠の(左から)江崎洋子さん、沢木万理子さん =京都府宇治市(恵守乾撮影)
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「おつかれさま」。この夜の鵜飼いを終え、鵜小屋に海鵜を戻す鵜匠の(左から)江崎洋子さん、沢木万理子さん =京都府宇治市(恵守乾撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 「ほー、ほー、ほー」。日が沈み、川面が闇に覆われると、鵜(う)をけしかける鵜匠(うしょう)の声が響いた。かがり火に照らされた鵜舟から6本の縄が伸び、その先につながれた鵜たちが次々に水中に飛び込んでいく。鵜匠が操る縄がめまぐるしく動くと、“戦果”を上げた鵜たちが舟に戻り、獲物の魚をはき出した。(写真報道局 恵守乾)

 

かがり火の下で繰り広げられる鵜匠と海鵜の共演に、船上の観客から歓声が上がった =京都府宇治市(恵守乾撮影)
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かがり火の下で繰り広げられる鵜匠と海鵜の共演に、船上の観客から歓声が上がった =京都府宇治市(恵守乾撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 京都の夏を彩る鵜飼いは、宇治市を流れる宇治川が舞台。近くには世界遺産の平等院鳳凰堂があり、海外から訪れた多くの観光客でにぎわいをみせる。

 宇治川での鵜飼いの歴史は古く、平安時代の「蜻蛉(かげろう)日記」にその様子が記される。一時は衰退したものの大正15年に復活した。

巧みな縄さばきで海鵜を操る鵜匠の沢木万理子さん =京都府宇治市(恵守乾撮影)
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巧みな縄さばきで海鵜を操る鵜匠の沢木万理子さん =京都府宇治市(恵守乾撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 鵜飼いを主催する宇治市観光協会には3人の鵜匠と、17羽の海鵜がいる。それぞれの鵜に名前はないが、みな「ウッティー」の愛称で親しまれる。鵜には海鵜と川鵜がいるが、川での鵜飼いで海鵜を使うのは、人に慣れやすく、体が大きく力が強いからだという。

訓練を終えて、海鵜を呼び寄せる鵜匠の沢木さん。息のあった姿をみせる =京都府宇治市(恵守乾撮影)
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訓練を終えて、海鵜を呼び寄せる鵜匠の沢木さん。息のあった姿をみせる =京都府宇治市(恵守乾撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 鵜匠の1人、沢木万理子さん(44)は、鵜小屋に日々通い、世話を通して距離を縮める。「毎日の掃除と餌やりで信頼関係を築く。体、特に首をなでると喜びますね」

 沢木さんらが現在取り組んでいるのが、縄を用いない「放ち鵜飼」だ。島根県益田市で平成13年まで行われていたのを最後に、国内では途絶えた漁法。

かがり火の下で行われる宇治川の鵜飼 =京都府宇治市(恵守乾撮影)
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 ただ、放ち鵜飼に関する資料や文献は少なく同僚の鵜匠、江崎洋子さん(40)と手探りで鵜の訓練を続けている。沢木さんは「残された論文に、海鵜を呼び戻す合図で魚に見立てた大根を振る、という記述がありました。さすがに大根は振りませんが…」と笑顔を見せる。秋には実演したいと酷暑の河川敷で訓練に励む。

放ち鵜飼の訓練を行う海鵜 =京都府宇治市(恵守乾撮影)
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放ち鵜飼の訓練を行う海鵜 =京都府宇治市(恵守乾撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 7月1日に始まった鵜飼いは、琵琶湖の増水で、2日に中断したが、21日に再開。「1シーズンに数回、縄を通して海鵜とすべての息が合う瞬間がある。お客さんにも伝わるのか、盛り上がり方が違います」

 1本の縄で結ばれた人と鵜の共演を、かがり火が照らしていた。

 【鵜飼い】縄で首を結った鵜を操り、魚をとる漁法。縄で結うことによって、丸飲みした大きな魚は首で止まり、小さな魚は鵜が食べられる。歴史は古く、7世紀初めの唐の文献に日本の鵜飼いについての記述がある。現在、国内では宇治川を含め11カ所で行われている。「宇治川の鵜飼」は9月30日まで。

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