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鳥取・米子城跡に竪堀 登り石垣と併用で防衛

遺跡・建造物

鳥取・米子城跡に竪堀 登り石垣と併用で防衛

更新 sty1804160020
 米子城跡で見つかった竪堀=16日、鳥取県米子市  米子城跡で見つかった竪堀=16日、鳥取県米子市
 米子城跡で見つかった、本丸方向(奥)へ斜面を登るように延びる竪堀=16日、鳥取県米子市
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 米子城跡で見つかった、本丸方向(奥)へ斜面を登るように延びる竪堀=16日、鳥取県米子市フルスクリーンで見る 閉じる

 鳥取県米子市の米子城跡(国史跡)で、既存の絵図には描かれていない竪堀が発見され、市文化振興課が16日発表した。

 竪堀は全長約63メートル、最大幅約13メートル、深さ2~6メートル。本丸北東側の斜面を登るように直線的に延びており、敵の水平方向への移動を遮断する目的があったとみられる。

 米子城は1591年に吉川広家が築城を開始。竪堀も同じ時期とみられる。昨年、北西側に長さ100メートルを超えると推測される登り石垣も確認されており、今回発見された竪堀と対でハの字形に配置し、二つの防御ラインで城を守っていたと考えられる。

 竪堀から見つかった瓦片。小づちと宝珠などの文様が見える=16日、鳥取県米子市の米子城跡
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 市文化振興課の浜野浩美主任は「中世の山城に多く用いられた竪堀と、広家が朝鮮出兵で技術を持ち帰った最先端の登り石垣を併用した城といえる。広家の城づくりの巧妙さがうかがえる」と分析する。

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