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真珠湾関連の無線日誌発見 送信所、2カ月前から緊迫

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真珠湾関連の無線日誌発見 送信所、2カ月前から緊迫

更新 sty1612040021
依佐美送信所の1941年の業務日誌(愛知県刈谷市提供) 依佐美送信所の1941年の業務日誌(愛知県刈谷市提供)
真珠湾攻撃で、旧日本海軍が軍事情報の無線送信に使ったとされる「依佐美送信所」=1989年、愛知県刈谷市(中部産業遺産研究会提供)
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真珠湾攻撃で、旧日本海軍が軍事情報の無線送信に使ったとされる「依佐美送信所」=1989年、愛知県刈谷市(中部産業遺産研究会提供)フルスクリーンで見る 閉じる

 日米開戦の口火を切った真珠湾攻撃で、旧日本海軍が潜水艦に向け、軍事情報の無線送信に使ったとされる「依佐美送信所」(愛知県刈谷市)の当時の稼働状況が記された業務日誌が見つかった。具体的な内容は分からないものの、攻撃2カ月前の1941年10月中旬からほぼ連日稼働し、事態が緊迫していく様子が読み取れる。共同通信が刈谷市に情報公開請求し、4日までに確認した。
 真珠湾攻撃から8日(日本時間)で75年。国家機密だった戦時の軍事通信に関する情報はほとんど残っていない。開戦に向かう旧日本軍の足取りを検証する上で日誌は貴重な史料だ。
 日誌は1日ごとの機器の始動や停止時刻などが記載されている。41年は6月中旬から約3カ月運休状態だったが、9月に試運転が始まった。作戦決行を伝える暗号電「ニイタカヤマノボレ1208」が発令された12月2日、攻撃当日の8日の記録もある。8日は午前1時から18時間半稼働していた。

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