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【井浦新 アジアハイウェイ】其の三(ジョージア) 苦難の歴史、文化つぐむ祈りの形

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【井浦新 アジアハイウェイ】其の三(ジョージア) 苦難の歴史、文化つぐむ祈りの形

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南オセチアから逃れてきたジョージア人の難民キャンプの子供たち(PENTAX K-3、smcPENTAX-DA 35ミリF2.8 Macro Limited、F5.0 1/400sec ISO400) 南オセチアから逃れてきたジョージア人の難民キャンプの子供たち(PENTAX K-3、smcPENTAX-DA 35ミリF2.8 Macro Limited、F5.0 1/400sec ISO400)

 国境付近の街・サルピ国境検問所。国境線に立てば、トルコ側のイスラム教のモスクと、ジョージア(旧グルジア)側のギリシャ正教の教会が見える。ジョージアは、旧ソビエト連邦から独立して25年目。重厚で無機質な古い建造物にはノスタルジックな雰囲気が漂う。

さまざまな民族の伝統的な踊りや歌を卓越した技術で披露する国立舞踏団「エリシオニ」のパフォーマンスの印象は、気高くて、力強いものだった(PENTAX K-3、smcPENTAX-DA 35ミリF2.8 Macro Limited、F2.8 1/200sec ISO3200)
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さまざまな民族の伝統的な踊りや歌を卓越した技術で披露する国立舞踏団「エリシオニ」のパフォーマンスの印象は、気高くて、力強いものだった(PENTAX K-3、smcPENTAX-DA 35ミリF2.8 Macro Limited、F2.8 1/200sec ISO3200)フルスクリーンで見る 閉じる

 主要産業は農業。飲食店で何を注文してもおいしい。「シンプルな田舎料理が僕の舌にはとても合いました」と井浦さん。「それもそのはず、カフカス地方は、日本で口にする多くの野菜や果物の原産地だから」

 料理も風呂も薪でたくので、朝と夕、すべての家々の煙突からスッと白い煙が立ち上る。「人間の『生』の姿を感じる、それは美しい光景でした」。サルピでは、ジョージア唯一の観光要所として、リゾート化が推し進められていた。国際都市への急速な開発は、どこかハリボテ感が否めない。「その姿が痛々しく思えるほど、他の風景はのどかで牧歌的でした」。

 ワイン発祥の地ともいわれるジョージアでは、ワインは買うものではなく各家庭でつくるもの。庭先にブドウ棚があり、その下に壺を埋めて製造する。ワインをつくる壺「クヴェヴリ」職人のザリコ・ボジャゼさんのお宅でこはく色の自家製ワインをいただいた。

伝統的なワイン壺「クヴェヴリ」をつくる名人ボシャゼさん(PENTAX K-3、smcPENTAX-DA 35ミリF2.8 Macro Limited、F2.8 1/125sec ISO3200)
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伝統的なワイン壺「クヴェヴリ」をつくる名人ボシャゼさん(PENTAX K-3、smcPENTAX-DA 35ミリF2.8 Macro Limited、F2.8 1/125sec ISO3200)フルスクリーンで見る 閉じる

 旅人は幸運とともにやってくる。出会いに感謝し、食事をして酒を酌み交わす。「ここで僕は、ひとつの祈りの形を知りました」。話が途絶えた瞬間、「それでは次は私が祈ります。今日の出会い、そして先祖と家族と仲間に感謝して、乾杯」。誰ともなく祈りの言葉をささげる。しばらくすると、別の人が祈りをささげる。

 「家族への、周囲の人々への、そして神への感謝の言葉を、私たちはなかなか口にしない。しかし私たちはつながりの中で生きていて、感謝が関係を育む。忙しさを言い訳にしてきた自分は、甘えていたのだと痛感しました」

伝統と誇り 守り続ける凛とした姿

 独立後もロシアとのあいだで摩擦を繰り返してきたジョージア。2008年8月、南オセチア紛争が勃発、自治州の領有権をめぐり、戦闘態勢に突入した。激戦地となったゴリを訪れた井浦さんは、ある青年に街を案内してもらった。国際法で禁止されたクラスター爆弾の傷跡が生々しい。説明する青年の頬に涙が伝った。

バクラティ大聖堂にて、迷彩服姿の軍隊の青年部の若者たちが祈りを捧げていた(PENTAX K-3、smcPENTAX-DA★50-135ミリF2.8ED、F4.0 1/100sec ISO1600)
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バクラティ大聖堂にて、迷彩服姿の軍隊の青年部の若者たちが祈りを捧げていた(PENTAX K-3、smcPENTAX-DA★50-135ミリF2.8ED、F4.0 1/100sec ISO1600)フルスクリーンで見る 閉じる

 南オセチアから逃れてきたジョージア人の難民キャンプがあると聞き、訪れた。故郷を追われて7年、立ち入りは許されていない。大人たちの話を聞くと切実で、「仕事をしたくても仕事がない。どうしたらいいんだ」と嘆く。井浦さんは、何もできない己のふがいなさに押し潰されそうになったという。

 その時、一台のスクールバスが到着し、子供たちが一斉に帰ってきた。大人たちの顔にも笑顔が戻る。「故郷に帰りたい?」と聞くと、「帰りたい。小さかったけど覚えている」「でもね、仲間もいるから、ここも案外悪くないと」と前向きな答え。将来、何になりたいかを尋ねたら「プロのダンサー」「法律を勉強したい」「女優」と思い思いの答えが返ってきた。

 厳しい状況におかれても、夢を持って大人になろうとしている子供たちの姿。「それは光輝く希望でした」。同時に、カメラを出すのもつらかった自分の旅ってなんだろう、と自問した。「彼らが現実を背負って生きていくことに比べたら、弱いだけの自分の気持ちに嫌気がさしました」。目の前にいる人がどんな状況でも、脚色なく向き合い、状況をすべて受け入れ、それを伝えるしかない。「良くも悪くもやじ馬に徹しよう。それが僕の仕事であり、旅の目的であるというふうに腹をくくりました」。

 ゴリから首都トビリシへ。民族衣装店を営むルアサブ・トコニゼさんとの出会いも忘れられない。晩餐(ばんさん)に招かれ、食前に家族で賛美歌を歌った。学校で歌うことを禁止された時期もあったが、家では日常的に続けられてきた。「伝統は家族で受け継ぎ伝えるもの」とサラッと口にしたトコニゼさん。「アイデンティティーを失わずにいられたのは、日常がそれを支えてきたから」。大国に翻弄されながらも、民族の文化と伝統を守り続ける人々。「誇り高きジョージア人のりんとした姿に心打たれました」。

(写真:井浦新<俳優、クリエイター> 文:永峰美佳<美術ライター、編集者>)

井浦新
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 ■井浦新(いうら・あらた) 1974年、東京都生まれ。代表作に第65回カンヌ国際映画祭招待作品「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)など。ヤン・ヨンヒ監督の「かぞくのくに」では第55回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。NHK「日曜美術館」の司会を担当し、2013年4月からは京都国立博物館の文化大使を務めるなど多彩な才能を発揮する。また、一般社団法人「匠文化機構」を立ち上げ、日本の伝統文化や職人の技を継承する活動も行う。近著は日本各地で撮影した写真集「日本遊行 美の逍遥」(発行・アプレ、発売・日本工業新聞社、1800円・税込み)。

【井浦新のアジアハイウェイ】
 ■其の二(アゼルバイジャン)独裁の国父と人々の幸せ
 を見る

 ■其の一(トルコ)おおらかさとたくましさ を見る

【GUIDE】「井浦新 アジアハイウェイを行く」シーズン2(全3回)はNHK BSプレミアムで11月21日(土)午後9時から放送予定。

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