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70人の命救った手作り避難所「佐藤山」 東松島市野蒜地区

東日本大震災

70人の命救った手作り避難所「佐藤山」 東松島市野蒜地区

更新 sty1608110028
避難場所になった山を歩く佐藤善文さん。佐藤さんの手で、避難路などが整備されている =7月下旬、宮城県東松島市(福島範和撮影) 避難場所になった山を歩く佐藤善文さん。佐藤さんの手で、避難路などが整備されている =7月下旬、宮城県東松島市(福島範和撮影)

 国民の祝日になった「山の日」の8月11日は、東日本大震災の月命日でもある。震災発生時、何度も押し寄せる津波から逃れようと「山」に避難した人たちは、肩を寄せ合って一夜を明かした。海岸線近くには、山とは呼べないような高台や岩山も多いが、人命救助に果たした役割は大きい。震災後は、高台避難の重要性も再認識されている。

佐藤善文さんが整備し避難場所となった山 =7月下旬、宮城県東松島市(福島範和撮影)
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佐藤善文さんが整備し避難場所となった山 =7月下旬、宮城県東松島市(福島範和撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 あの日、宮城県東松島市野蒜(のびる)地区にある小高い山に70人の住民が逃げ込み、九死に一生を得た。海岸線から700メートル奥に位置する山は高さ30メートルで、高台と呼ぶ方がふさわしい。地元の元タクシー会社経営、佐藤善文さん(82)の所有地で、自宅の裏にある。

避難場所になった山を歩く佐藤善文さん =7月下旬、宮城県東松島市(福島範和撮影)
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避難場所になった山を歩く佐藤善文さん =7月下旬、宮城県東松島市(福島範和撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 佐藤さんは、震災の前から将来の津波襲来に危機感を強め、平成11年に家業を息子に譲ったのを機に、山に私設の避難所を作る作業を始めた。山を切り開き、避難路も整備した。

 震災で野蒜地区は大きな被害を受け、515人が犠牲になったが、佐藤さんは70人の住民を山に誘導し、人命救助につなげた。津波災害に対して先見の明があったと、関係団体から表彰を受けた。教訓を生かそうと、全国の自治体などからの視察も絶えない。

 佐藤さんは「この山が避難所になっていることを以前からもっとアピールしていれば、さらに多くの人を救えたかもしれない」と、謙虚に話す。山を公園化する機運も高まり、「憩いの場として気軽に利用してほしい」と語る。(伊藤寿行)

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