産経フォト

土方歳三の愛刀を常設展示 京都の霊山歴史館

伝統・文化

土方歳三の愛刀を常設展示 京都の霊山歴史館

更新 sty1604210028
新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影) 新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)
新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された。刀の縁には「弁慶」や「梅」といった装飾がみられる =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)
画像を拡大する
新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された。刀の縁には「弁慶」や「梅」といった装飾がみられる =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 明治維新の志士に関する資料を収蔵している霊山歴史館(京都市東山区)は21日、新選組副長の土方歳三が使用していた刀「大和守源秀國(やまとのかみみなもとのひでくに)」を新たに収蔵し、29日から常設展示すると発表した。

 同館が東京都内の個人から譲り受けた。刀身は二尺二寸八分(68.7センチ)と当時の流行より少し短め。刀身の根本には「土方義豊戦刀」と土方の諱(いみな)(本名)が彫られている。

 会津藩お抱えの刀工が作刀。鳥羽伏見の戦いなど幕末の戊辰戦争で土方が振るった可能性が高く、慶応4(1868)年ごろに、会津藩士の手に渡ったとみられる。

 土方の愛刀としては、土方歳三資料館(東京都日野市)が所蔵する「和泉守兼定」が有名だが、霊山歴史館の木村幸比古副館長は、「秀國は実用性が高い刀。京都に縁の深い土方にとって里帰りのようなものだ。常設展示をするので、多くの人に見てもらいたい」としている。

新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)
画像を拡大する
新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)フルスクリーンで見る 閉じる
新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された。刀には「幕府侍土方義豊戦刀」と記され、「慶応二年八月日 秋月君譲請 高橋忠守帯之」とあり土方にお願いして秋月が譲り受けたとなっている =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)
画像を拡大する
新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された。刀には「幕府侍土方義豊戦刀」と記され、「慶応二年八月日 秋月君譲請 高橋忠守帯之」とあり土方にお願いして秋月が譲り受けたとなっている =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)フルスクリーンで見る 閉じる
新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された。刀の縁には「弁慶」や「梅」といった装飾がみられる =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)
画像を拡大する
新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された。刀の縁には「弁慶」や「梅」といった装飾がみられる =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)フルスクリーンで見る 閉じる
新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)
画像を拡大する
新選組副長・土方歳三の愛刀・銘「大和守源秀國」(やまとのかみみなもとのひでくに)を霊山歴史館が収蔵し報道陣に公開された =21日午後、京都市東山区(前川純一郎撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

スゴい!もっと見る

瞬間ランキングもっと見る

話題のランキング