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「悲劇を繰り返さない」 震災遺構の大川小【東日本大震災パノラマ】Vol.534

東日本大震災

「悲劇を繰り返さない」 震災遺構の大川小【東日本大震災パノラマ】Vol.534

更新 pnr1903220001
「悲劇を繰り返さない」 震災遺構の大川小【東日本大震災パノラマ】Vol.534

 死者・行方不明が84人に上った宮城県石巻市の大川小。児童らは地震発生から津波到達まで50分の間、校庭にとどまり続け、約200メートル先にある北上川から遡上(そじょう)してきた津波にのまれた。

 《なぜ校庭にとどまったのか》《なぜ裏山へ逃げなかったのか》《なぜ川に向かって逃げたのか》。震災当時と変わらぬ姿で残る校舎は多くの疑問を投げかけてくる。

 安全面から内部に入ることはできず、施設を通して何を訴えていくのかも決まってはいないが、市は震災遺構として残すことを決めている。

 6年生だった三男の雄樹さん=当時(12)=を亡くした、佐藤和隆さん(52)は、ここで仕事の合間をぬい、他の遺族らと自主的に語り部を続けている。これまでに訪れたのは10万人に上るという。

 ほとんど手つかずの校舎だが、学校の入り口には慰霊碑が建てられ、震災前の様子や児童らが逃げたとされる経路などのパネルが展示されている。すべて遺族が作ったものだ。

 遺族の中には「校舎を見たくない」と、遺構として残すことに反対する人も確かにいる。しかし、歳月を重ね、「残した方がいい」という人も増えてきているのも事実だ。大川小を訪れた人は校舎を見て、遺族らの語りを聞き、犠牲となった児童らに思いをはせる。

 佐藤さんは「ここに来ればどこに逃げればよかったか、どこから津波が来たか一目瞭然。校舎の中を見れば津波の猛威も伝えることができる」と話す。

 伝えたいのは子供たちが逃げたかったこと、そして救える命があったということだ。「悲劇を繰り返さないため、あきらめずに訴え続けていく」。そのためには校舎の存在は欠かすことができないと、佐藤さんは信じている。(文・大渡美咲)
(2011年3月21日-2019年3月8日、植村光貴撮影)

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