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【大学ナビ】針路を聞く 順天堂大学・新井一学長

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 ■学是「仁」を貫く180年の歴史

 源流は江戸・薬研堀(やげんぼり)に開かれた蘭方医学塾。今年5月、創立180周年を迎えるという歴史ゆえ、「明治維新150年」の現在に至るまで「医」を中心に近現代の日本の発展を支え続けてきた。そんな順天堂大学は現在、東京・お茶の水をはじめ4キャンパスに伝統の医学部や五輪選手を輩出しているスポーツ健康科学部、医療看護学部、保健看護学部、国際教養学部の5学部を併せ持つ健康総合大学。新井一学長によると、学是「仁」が全学の教育に貫かれているという。(編集委員 関厚夫)

 --学是についてですが

 「人在(あ)りて我(われ)在り、他を思いやり、慈しむ心。これ即(すなわ)ち『仁』-学是はこう説明されます。医学や医療、看護の分野でこの心が重要であることは論をまちません。関東大震災のさい、順天堂医院本館の損傷は当初、軽微でしたが、発生から3時間後に火の粉が燃え移り、全焼しました。しかし、患者全員を避難誘導することができ、いかなるときも現場で医療に尽くすという仁の心ゆえでしょう、出火前には被災者を受け入れ、手当てをしていたとも伝えられます。

 学是は卒業後、一般企業に就職したり、教員として奉職したりする他学部の学生にとっても大切です。国際教養学部は開設されて3年ですが、将来的には国際機関で働く卒業生もいることでしょう。一人一人が、与えられた持ち場で仁の心をもって課題に向き合ってほしいと思います」

 〈学祖・佐藤泰然(たいぜん)は「蛮社(ばんしゃ)の獄」後の「蘭学冬の時代」にもその灯火を守り、2代堂主の尚中(たかなか)は明治初期、日本医界最高位に抜擢(ばってき)されたが官界を退き、庶民のために順天堂医院を開院。日清・日露戦争当時の陸軍軍医総監だった3代堂主・進もまた、官民の垣根を越えた「医」の第一人者だった。現代に目を転じれば鈴木大地スポーツ庁長官はOB、天野篤・順天堂医院長は「天皇陛下の執刀医」として知られる〉

 --なぜこれほどの人材が集い、育っていったのでしょう

 「小川秀興理事長(9代堂主)が唱える本学の学風は『三無主義』。学閥もなく、男女や国籍の差もない、ということです。たとえば天野医院長も本学出身者ではありません。学閥にとらわれず、人間性を含めて優秀な方々を招聘(しょうへい)し、腕をふるっていただくという、多様性を尊重する伝統があるのです。加えて国際性も本学の基幹をなしています。医学部では毎年、外国籍の学生を一定の割合で受け入れていますし、もちろん全学的に英語力の習得に重点を置いています。

 また医学部とスポーツ健康科学部の学生は1年次に「啓心(けいしん)寮」(千葉県印西市)で共同生活を送ります。これには約70年の歴史があり、学生たちに人間形成の場と団結力をもたらすとともに、医師国家試験の合格率の高さ(過去10年平均で全国2位)の一因にもなっていると感じています」

 〈順天堂大は科学研究費助成事業で採択数・配分額ともに私学有数の実績があり、その取り組みは日本版NCAA創設を軸としたスポーツ庁の「大学スポーツ振興の推進事業」に採択された。また2020年には新研究棟が本郷・お茶の水キャンパスに完成する〉

 --今後の抱負を

 「新研究棟は、講座制ばかりか基礎医学と臨床医学の壁を取り払った本学独自の『中央機構』をさらに充実させた最先端の国際研究拠点となることでしょう。さらに『100歳時代』における健康寿命の向上を実現するためにもスポーツと医学が融合した学問領域『スポートロジー』の研究を深めるとともに、2年後の東京五輪・パラリンピック-なかでも、パラスポーツの分野で貢献できればと考えています」

【プロフィル】新井一

 あらい・はじめ 昭和54年、順天堂大医学部卒。平成14年、同学部脳神経外科教授。順天堂医院長や同大学院医学研究科長・医学部長を歴任後、28年4月から現職。63歳。