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【島を歩く 日本を見る】「東洋のナポリ」に栄華の面影 保戸島(大分県津久見市)

マグロの遠洋漁業最盛期、漁師は約1000人いたという。現在は激減したが、集落の景観が当時の隆盛を物語る
マグロの遠洋漁業最盛期、漁師は約1000人いたという。現在は激減したが、集落の景観が当時の隆盛を物語る
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 大分県の津久見港から船で向かった先は、豊後水道(ぶんごすいどう)に浮かぶ周囲4キロの保戸島(ほとじま)だ。たった25分の船旅だが、国境を越え、異国へ着いたかと錯覚する景観が港に広がる。

 日本の有人離島では珍しい鉄筋コンクリートの3、4階建て住居群が、ぎゅっと寄り添うように立ち並び、赤や黄、白と多彩な色を発している。地中海沿岸の街並みに似ており、「東洋のナポリ」とも呼ばれる。島には平地がわずかしかなく、港を中心とした西側の山斜面に集落がある。小道は非常に狭く、ほとんどが階段だ。

 保戸島は明治以降、マグロの遠洋漁業基地として隆盛を極め、島の男性はほぼ漁師だった。津久見市観光協会によると、漁師たちは明治23年、長崎県の対馬で突きん棒(ぼ)によるカジキマグロ漁を始める。同37年には延縄(はえなわ)漁業となり、日本有数の水揚げ量を誇った。

 平成2年のピーク時は漁船167隻、年間の漁獲金額は約140億円に達した。日本近海からカロリン諸島などの外洋まで、人生の大半を海の上で過ごしてきた漁師たちにとって、たまに帰る島の時間は特別であったと想像する。だからこそ、住居や生活にお金をかけたのだろう。

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