「赤は太陽からもらった」 黒田征太郎さんのクレパス画に学ぶ
子供たちにもっと自由に絵を描かせてあげたい-。画材をそろえるのが難しかった時代に日本で生まれたクレパスは、豊かな絵画表現を可能にする夢の画材だ。そして、クレパス誕生から100年近く。その可能性に子供だけではなく、画壇の作家たちも魅せられてきた。巨匠が手がけた作品を鑑賞すると、さらにクレパス画の魅力を知ることになる。(田所龍一)
油絵?水彩画?いいえクレパス画です
クレパス画とは子供の描く絵なのだろうか。
サクラクレパス(大阪市中央区)が併設する美術館、サクラアートミュージアムの主任学芸員の清水靖子先生によると、「多くの作家がその風合いに魅了され、クレパスを使うことにより表現の幅を広げてきた」という。
今年2月、近代日本画壇の巨匠から、現代美術作家まで約80人の作品100点を集めた特別展『クレパス画名作展』が、東大阪市民美術センター(大阪府東大阪市)で開催された。梅原龍三郎、小磯良平、熊谷守一、「太陽の塔」でおなじみの岡本太郎ら、そうそうたる作家たちの作品が並ぶ。現代でいえば舟越桂(かつら)さんや鴻池朋子さんも描いている。

「こ、これがクレパスで…」と息をのんだ。まるで油絵のような重厚さ。水彩画のような鮮やかさ。
「ヤル気が起こったでしょう」と清水先生。とんでもない。圧倒され、こりゃあ無理だと力が抜けた。そんな中でガラスケースに入った展示物を見つけた。
黒田ワールドにはまる
6本のクレパスが小さな箱に入り、パッケージには「大阪慕情」や「東京観光」などと書かれ、優しげなほんわかしたクレパス画が描かれていた。
題して「色彩紀行」。平成17年6月からサクラクレパスが全国12地方をテーマにして限定発売したセットだ。各地の特色から連想されるクレパス6色に加え、絵と物語が載ったミニブックをセットにしている。手掛けたのがイラストレーターの黒田征太郎さんだ。「こんな絵が描けたらいいなあ」と30分以上も見入ってしまった。
「黒田先生のイラストは本当に素晴らしい。先生ならではの味わいがありますね。でも…」
清水先生は続けた。
「でも、絵画ではありません。田所さんが最終的に『全日本アートサロン絵画大賞展』に応募するのなら絵画を描かなければ」
イラストと絵画-どんな違いがあるのだろう。
例えば、美術大学では、イラストはデザイン分野に属し、依頼されて描く説明画という位置付け。一方、絵画は絵が主役。作者の表現したいものを描くアート分野に属している。
何を描けばいいのか
このリンゴを描け、あの風景を描け-と指示されれば描くこともできる。ところが「描きたいものを描きなさい」といわれると、とたんに描けなくなる。何を描きたいのか-それがわからない。

「自分は何を描きたいのか-。プロでも素人でも、それが一番難しいテーマ」
清水先生によれば、若い人は“夢”を描くことが多く、年齢を重ねるにつれ“身近な人”を描く人が多くなるという。
「奥さんを描いてみたら。奥さんには自分の人生が半分詰まっているんだから。でもね、美しく描こうとしたらダメ。人を描くには愛情だけじゃなく憎しみも描くこと。疎と密、陰と陽そのバランスが大事ね」
よくまあ、そんな恐ろしいことを…。
「なら、自画像にしなさい。困ったら自画像よ」
自画像なら誰にも文句は言われない。鏡を見る? 左右が反対になる。そう写真だ。
「写真も鏡も見ない方がいいわね」
えっ、そんなあ。自分の顔なんて覚えてませんよ。
「似せようと思わなくていいの。自分が思い描く自分の顔を描く。そう、遺影、だと思えばいい。この年齢になって言い残したいこともいっぱいあるじゃない。自分がどんな人生を歩んできたかを描けばいいのよ。以前、お料理好きな男性の方が、玉じゃくしを頭にのせた自画像を描かれた。いい絵だったわ」
清水先生の目が少し笑っていた。
目指せ「全日本アートサロン絵画大賞展」(産経新聞社など主催、サクラクレパスなど共催)。作品の受け付けの締め切りは今年の10月半ば。はてさて、何を描くか…。
「描いた人の人生が見えてくるような作品がいいわね。うまいへたではなく、その人の人生が描けていればいいと思います。頑張って!」
それが一番難しいんですよ。清水先生!
◇
黒田征太郎さんは、平成25年から地域の病院や介護施設に絵を描く「笑顔のアートプロジェクト」を、製薬会社の日本新薬(京都市)の協力で進めている。今春は新型コロナウイルス感染拡大の影響で黒田さんのアトリエ「KAKIBA」(描場=大阪・心斎橋)と、京都市内の市立鳴滝総合支援学校、宇多野病院の子供たちをオンラインでつないで絵を制作した。
「今日もおもしろがって生きようぜ!」。赤いクレパスを持った黒田さんは「赤は太陽からもらったものなんだ。そして、いっぱい生えている木が人間にグリーンという色を教えてくれたんだよ」などと楽しそうに話しかけて、子供たちの絵が完成していくのを見守った。
黒田さんの言葉はアートにどう向き合うかのヒントになる。これからクレパス画に本格挑戦するにあたり、大きな刺激となった。