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【書評】『漂泊者』ジム・トンプスン著、土屋晃訳 絶望も逃げ出す漂泊人生

『漂泊者』
『漂泊者』

 孤高のノワール(暗黒小説)の名手ジム・トンプスン。人口1280人の田舎町で繰り広げられる暴力、欲望、哄笑(こうしょう)を描いた代表作『ポップ1280』は凄絶(せいぜつ)な悪意に満ちていたが、本作はそれがゼロ。というのもトンプスンが小説家になるまでの半生をつづった1954年刊の自伝的小説だからだ。続々と繰り出される逸話が実体験かと思うと驚愕(きょうがく)の連打だ。

 冒頭、主人公のわたしは母親と妹を乗せたオンボロT型フォードでテキサスからネブラスカの祖父母宅に向かっている。油田事業で大儲けしていた父は金に無頓着すぎて没落。22歳で文無しのわたしは販売用の密造酒を摘発され、ギャングに金が払えず逃げている。

 祖父母宅に母と妹を預け、大学進学を目指すわたし。なんとか入学はかなったものの、生活費を稼ぐ必要がある。だが30年代は大恐慌の真っ最中、まともな仕事はない。ここからわたしの職探しの漂泊が始まる。

 葬儀社の夜間受け付けでは仲間と冷却室の棺(ひつぎ)にビールを冷やしていたのが遺族にばれてクビに。パン職人になると自前のひどい食事のせいで盲腸に。百貨店に勤めると強権的な店長が書いたDMのひどさに上司が反発し、巻き添えをくって解雇。

 低価格の卓上ラジオの販売でひと儲けし、恐慌に勝ったと大学に再入学、おまけに結婚までするとラジオ販売市場が飽和状態に。とうとうわたしは大学をやめ、返還された授業料を妻に渡し、職を求め、旅に出る。野宿を繰り返し、寒さと飢えで物乞いすると強盗と間違われ、貨物列車の無蓋車に乗ったら凍死寸前に。次の街に着いたときには浮浪者になっていた。

 街の南は貧乏人の楽園でコーヒー付きの定食が5セント。靴が1ドルと当時の物価がうかがえるのも楽しい。やがてわたしは処女作出版へ向け、ニューヨークに行くが、ここでもアルコール依存症で入院する始末…。

 本書を読んでいるとツイていないとはどんなことなのか、つくづく思い知らされる。しかし主人公は「ここまで落ちたら、あとは上向くだけ」と雑草のようだ。貧しくてもちゃっかり結婚し、3人の子供までもうけている。大志を持てば絶望は逃げ出すと本書は教えてくれた。(文遊社・2750円)

 評・浅暮三文(小説家)

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