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河合雅雄氏死去 交友幅広い「モンキー博士」悼む声

兵庫県立人と自然の博物館の館長時代、ボルネオ島を訪れた河合雅雄氏(左)=平成10年7月
兵庫県立人と自然の博物館の館長時代、ボルネオ島を訪れた河合雅雄氏(左)=平成10年7月

 日本の霊長類研究の第一人者で「モンキー博士」と親しまれた河合雅雄氏が14日、死去した。霊長類学への熱い思いを語り、児童文学にも精力的に取り組んだ生前を知る人たちから、惜しむ声が聞かれた。

 河合氏とともに日本モンキーセンターの設立に関わった伊谷(いだに)純一郎氏を父に持ち、幼少時から河合氏を知る現所長の伊谷原一(げんいち)所長は、「穏やかな方で、若い研究者だった私にも論文指導をしてくださった。一緒に酒と鍋を囲んだのが懐かしい」と往時を振り返る。河合氏らは戦後の混乱期にセンター設立に奔走し、「日本の霊長類学研究の基盤を築いた」。平成26年に公益財団法人化したセンターの運営を気にかけ、伊谷氏の元に何度も「残してほしい」と手紙を寄せていたという。

 専門の霊長類学分野だけでなく、児童文学作品も執筆した河合氏。長年の愛読者で、絵本の挿絵を手がけた姫路市立美術館の永田萌館長は、挿絵の植物を見たことがないと河合氏に相談した際、「よく描けている。花弁をこうしたら…と優しく助言くださった」と思い出を語る。弟の隼雄氏とも親交があり、「冗談と笑いが絶えない仲の良い兄弟で、少年のままのようでした。もうお会いできないのは残念」と惜しんだ。

 京大霊長類研究所の正高信男元教授は、河合氏の著作「少年動物誌」について「不朽の名著。偏見や先入観のない純真な目で動物を見ていた」と語る。京大在任時はすでに河合氏は退官していたが、「東洋的な哲人の雰囲気をもった最後の学者だった」と悼んだ。

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