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行商が名物だった成田線 我孫子-成田間が開業120周年

成田線我孫子-成田間開業120周年の記念列車出発式=10日午前、我孫子市のJR我孫子駅(江田隆一撮影)
成田線我孫子-成田間開業120周年の記念列車出発式=10日午前、我孫子市のJR我孫子駅(江田隆一撮影)

 JR成田線の我孫子-成田間が4月に開業120周年を迎え、30日に記念イベントが行われた。午前10時47分に千葉県我孫子市の我孫子駅4番線を発車した記念列車は沿線で「おめでとう120周年」の小旗が振られる中、32・9キロを走り抜けて11時28分、同県成田市の成田駅に到着した。

 我孫子駅で行われた記念列車の出発式で星野順一郎我孫子市長は「蒸気機関車が走っていたのを思い出す。120周年を機に、同線の大切さを再確認し、風光明媚(ふうこうめいび)な沿線の魅力をPRしたい」とあいさつ。1日駅長の小学生3人の合図で120周年ヘッドマークを掲げた記念列車が成田駅に向けて走り出した。

 沿線住民が小旗を振るなどして記念列車を迎える「手を振ろう!」プロジェクトも合わせて行われ、沿線の小学校や保育園、特別支援学校の子供たち計約2千人が参加した。子供らが大きく手を振ると、電車も警笛を小さく鳴らして応えた。

 我孫子-成田間は、明治34(1901)年2月2日、既に佐倉-佐原(香取市)間で開通していた、成田鉄道線を成田で分岐する形で成田-安食間が開通、同4月1日、我孫子まで延伸されて現在の路線になった。昭和の時代には農作物を入れた大きなかごを背負った行商の女性たちの東京方面への交通手段としてにぎわった。

 途中駅の東我孫子駅で記念列車を迎えた三好邦彦さん(43)は、流山市から駆け付けた。「名物だった行商のおばさんは見なくなったが、地域の香りが車内にあふれる魅力が変わらないのがよい」と我孫子-成田間の魅力を語った。

 沿線自治体で作る成田線活性化推進協議会はホームページで記念写真展を開催している。写真が今後掲載される予定の我孫子市の長谷川興政さん(83)はこの日、沿線の子供たちの写真を撮影した。鉄道ファンの長谷川さんは全国で鉄道写真を撮り続けているが、中学、高校で新聞配達をしていた際、毎朝夕、新聞を取りに我孫子駅に通った思い出があるという。

 我孫子-成田間は昭和40年代から沿線の住宅開発で乗客数を増やしたが、沿線住民の高齢化で通勤利用が減り、高校の統合などで通学利用も減少。我孫子、成田を除く区間8駅中、最も乗客が多い湖北駅(我孫子市)でも1日平均乗車人数は、平成2年度は6545人だったが、令和元年度は3987人に減少した。

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