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いじめ体験重ね絆と再生の物語紡ぐ 「52ヘルツのクジラたち」で本屋大賞 町田そのこさん

2021年の本屋大賞を受賞。「書き続けることが大事。賞に恥じないように成長していけたら」と話す町田そのこさん(蔵賢斗撮影)
2021年の本屋大賞を受賞。「書き続けることが大事。賞に恥じないように成長していけたら」と話す町田そのこさん(蔵賢斗撮影)

 「この本を出すときの目標はひとつだけ。それまで一度もなかった重版をかけることだったんです」。ごく控えめな願いが大きな栄誉を連れてきた。町田そのこさん(41)の初の長編小説『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)は今年の本屋大賞に輝き、15刷34万部のベストセラーとなった。一人で田舎の町に移り住んできた女性と虐待を受けてきた少年の心の絆を描く物語は作家の想像力と記憶が溶け合い、痛切な響きを奏でる。  (文化部 海老沢類)

 届かぬ声

 ユニークな表題は、世界で最も孤独だといわれるあるクジラにちなむ。普通のクジラの声の周波数は10~39ヘルツとされる。でもそのクジラは52ヘルツの高音で鳴くため、ほかの仲間に声を聞き取ってもらえない。広大な海で届かない歌声を上げ続けるクジラだ。

 「デビュー作を一冊にまとめるためにモチーフの海洋生物を調べていて、そのクジラを知ったんです。その存在にすごく惹かれたけれど、短編ではもったいない。いつか長編を書く実力がついたら使おうと思っていたんです」と町田さん。

 主人公は過去の人間関係を断ち切るために、東京から大分県の海辺の町に引っ越してきた貴瑚(きこ)。田舎の一軒家で一人で暮らし始めた若い女性に、周囲は好奇の視線を向け、あらぬ噂も立てる。そんな窮屈な毎日にうんざりしていた貴瑚が一人の少年と出会うところから物語は動き出す。少年の体はあざだらけ。家族から〈ムシ〉と呼ばれ、暴力を受けていたことが分かる。自分と同じ〈孤独の匂い〉を感じ取り少年と深くかかわるにつれ、貴瑚自身が受けた過去の虐待や辛い事件の記憶も明かされていく。児童虐待やトランスジェンダーの当事者らの、届けたくても届かない、声にならないいくつもの叫びが響きあい、物語は奥行きを増す。

 町田さん自身は虐待を受けた経験はない。だが、自分の子供と齢が近い児童の被害を伝えるニュースに接するたびに「何ができるだろう?」と自問してきた。

 「クジラの『誰にも届かない声』って何? そう思ったとき、気になっていた児童虐待に自然に意識がいったんです。私自身、小学校の高学年でいじめに遭って、みんなが笑って楽しんでいるレクリエーションも一人隅っこで体育座りして眺めていた。その記憶は風化しない。だから、つらい思いをして生きている人に意識が寄った物語を書いているのかもしれない」

 届かない声を発し続ける側から、今度は少年を支え、その声を聞く側に踏み出そうとする貴瑚の成長物語は温かな余韻を残す。同時に児童の保護をめぐる法律にも触れながら、解決に立ちはだかる壁も描く。

 「虐待の問題を書いている以上、ファンタジーのような終わり方には絶対しないで、現実的な解決策を見つけたかった。唯一無二の答えではない。でも自分なりに、こんな子供の助け方もあるんじゃないかと思いながら書いたんです」

女性作家への憧れ

 デビューから5年足らずだが、作家への夢が芽生えたのは小学生時代。少女小説で人気を博した氷室冴子さんが描く芯の強い女性像に魅了されたという。「いじめられていても、本の続きを教室で読めると思えば学校にも行けた。作家になって氷室さんに会いたい、対談したい、というのが夢になった」

 高校時代にはノートに文章を書きつけていたが、職を転々とし、子育てに追われるうちに執筆から遠ざかっていた。夢を半ばあきらめていた28歳のとき、氷室さんの訃報に接して再び奮起。桜庭一樹さんの直木賞受賞作「私の男」を頭から全部タイプしてみる、といった独学も重ねた末にデビューを果たした。

 3人の子供を育てる母でもある。夜泣きするわが子を片手で抱いて空いたほうの手でガラケーに小説を打ち込んだことも。日中はパソコンを開きっぱなしにして、家事の合間を縫って言葉を吐き出す。

 「書いているときはすごく楽しい」と笑う。「私は氷室さんの本を読んで『明日もがんばれるよ』と背中を押してもらった。そんなちょっとした変化を与えられるものを書き続けたい」

 まちだ・そのこ 昭和55年、福岡県生まれ。同県在住。平成28年に「カメルーンの青い魚」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞。翌年、同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』で単行本デビューを果たす。ほかの著書に『ぎょらん』など。

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