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橘氏の栄枯盛衰を物語る 井手寺跡・五重塔基壇跡

五重塔を装飾していたとみられる二彩瓦。一部に緑の着色が鮮やかに残る=京都府井手町
五重塔を装飾していたとみられる二彩瓦。一部に緑の着色が鮮やかに残る=京都府井手町

 歳月に埋もれていた歴史が1200年の時を経て動き出した-。奈良時代に権威を誇った左大臣、橘諸兄(もろえ)が建立したとされる井手寺跡(京都府井手町)から出土した五重塔の基壇跡。これまで場所や規模は不明だったが、橘氏の権力の象徴としてそびえ立っていた塔の存在が明らかになった。「遺構を通して諸兄時代の空気がひしひしと伝わる」。関係者らは実態に迫る今後の調査に期待を込めている。

 「水田の下を掘ってみると、石敷きの遺構が次々と姿を現す予想外の展開。古代寺院遺構でこれほど状態が良いものを見たことはない」。調査した府埋蔵文化財調査研究センターの福山博章主任は感慨深げに語る。

 基壇跡の周囲は「乱石(らんせき)積み」と呼ばれる方法で大小の石が積まれた状態で出土。さらに当時の地方寺院では珍しく、伽藍(がらん)の外に塔を構える「塔院」様式であることも判明した。

 平安期の書物「伊呂波字類抄(いろはじるいしょう)」の「井手寺に橘氏の氏神が祭られている」との記述から、橘氏の造営と考えられてきたが、「この遺構の発見で、一層橘氏の印象が強まった」と話す。

 「橘氏の栄枯盛衰を見る思いがした」とするのは、古代史に詳しい京都産業大の井上満郎名誉教授だ。

 調査地からは、奈良期の瓦とともに平安宮に供給された瓦も出土。屋根を支える部材を装飾する瓦に色鮮やかな二彩を使うなど、奈良、平安両期の贅(ぜい)が尽くされており、地方の一寺院の範囲に収まるものではないことが証明された形だ。

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