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【家族がいてもいなくても】(686)たどり着いた心の故郷

 私の住む北関東の高原にも春がきた。

 暖かな日が数日続いたと思ったら、いきなりコブシも桜もレンギョウもスイセンも、一度に咲き出したのだ。

 なだらかな牧草地は緑に染まり、芽吹きの時を待つ雑木林が、ふんわりと赤みを帯びてきた。

 夢見るような春。

 「原っぱ」で、ただ周りを眺めているだけでうっとりとしてしまう。

 自然の中で暮らしていると、気分もお天気次第。

 こんな春の日を自由気ままに過ごせるのは、あとどのくらいかなあ、シアワセだなあ、みたいな心持ちになる。

 ともかく、みんなの癒やしの場になればと、気まぐれに始めた「原っぱ」づくりも、一年かけてようやく形が見えてきた。

 昨年、みんなで種まきをしたものの全滅した、と思っていたクローバーが、なんと原っぱのあちらこちらから顔をのぞかせている。

 このままいけば、四つ葉のクローバーを探したり、摘んだ白い花を編んで、かんむりを作ったりなんてことも夢ではなさそうだ。

 できあがった小さな「パペットハウス」の脇には、チューリップが、すぐにも咲きそうな気配だし、土手の縁に植えられたユキヤナギも黄緑色の芽を吹き出している。

 夏はビアガーデン、秋には土手のススキの穂を眺めながら、お月見をする約束も果たせると思う。

 いろいろと困惑することも起きて、「水もない」、「電気もない」、と言われるたびに、だってそれが「原っぱ」なんだから、と原点に立ち戻った。

 それが挫折せずに気楽に続けられた理由かもしれない。

 ともかく、団塊世代を中心とした私たちの世代が子供だった頃、どんなところにだって「原っぱ」があった。

 所有者はいたのだろうが、何にも使われていない雑草におおわれた空き地が子供たちの遊び場だった。

 鬼ごっこやかくれんぼ、雑草の花や葉っぱで、ままごとをしたり…。変幻自在に想像力をかきたてる、管理なき自由な空間だった。

 そこは、本も玩具もなかった敗戦後の貧しい子供だった世代の心の故郷なのだ。

 老いて行き着いたところが「原っぱ」だなんて、まさかここでみんなして遊ぶなんて…。  

 「原っぱに行く」とか「原っぱに行こう」とか、誰かが言うたびに、なんだか笑えてきてしまう、とわが友が言うのである。

(ノンフィクション作家 久田恵)

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