PR

ライフ ライフ

【本郷和人の日本史ナナメ読み】古文書学とは何か(下) 基本原則から「応用」も読める

 では春日神社や興福寺にあてるときはどうか。(1)は天皇です。すると、(3)は南曹弁になるはずです。この時の南曹弁は左中弁の藤原親朝という人。親朝が作成する奉書が(2)、春日神主とか興福寺のお坊さんにあてて出されるはず。たしかに、興福寺にはそういう形で出ます。ところが春日神社にあてるときには問題が生じる。というのは、中世においては、神主さんはお坊さんほど、位階が高くないのです。ですから、(2)が春日神主だと、左中弁と「相応する身分」にならない。

 ではどうするか。もうおわかりですね。(3)の家来の(4)がでてくる。「天皇の意思を奉じた私の主人である南曹弁、藤原親朝がこのように申しておりますので、お伝えいたします」と(4)が言っている。(4)が前山城守国清ですね。

 古文書は難しいのですが、基本を押さえておくと、応用がきく、という実例です。

■南北朝の端緒となった亀山天皇

 1249~1305年。第90代天皇。後嵯峨天皇と正室大宮院(西園寺氏)の第2子として誕生。第1子は89代の後深草天皇。父と母は体が弱かった兄より弟を愛していたといい、兄の譲りを受けて11歳で即位した。とはいえ実権は依然として父の後嵯峨上皇が掌握していた。父の上皇が亡くなると、あとを受けて親政を開始。2年後に皇子(後宇多天皇)に皇位を譲り、引き続き院政を行った。兄の後深草上皇は幕府に働きかけ皇子を皇太子に立てることに成功し、その皇子が伏見天皇として即位すると、2つの皇統が現出することになった。

【プロフィル】本郷和人

 ほんごう・かずと 東大史料編纂(へんさん)所教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。専門は日本中世史。

■この連載が本に

 本連載が書籍化されました。『「違和感」の日本史』(産経新聞出版)、968円、好評発売中です。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ