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橋田さん、熱海居住半世紀に「ありがとう」感謝と悼む声相次ぐ 名誉市民贈呈直前の訃報

海を見下ろす静岡県熱海市の自宅リビングで斉藤栄市長と対談する橋田壽賀子さん(広報あたみ平成23年1月号から)
海を見下ろす静岡県熱海市の自宅リビングで斉藤栄市長と対談する橋田壽賀子さん(広報あたみ平成23年1月号から)

 半世紀近くにわたり静岡県熱海市を拠点とし、多くの人気ドラマを手がけた脚本家、橋田壽賀子さんが4日に95歳で亡くなった。名誉市民となることが2月の熱海市議会で同意され、今月10日に贈呈の式典が行われる予定だった。慶事直前の訃報に、ゆかりの市民からは惜しむ声と、長年の交流に「熱海に住んでくれてありがとう」と感謝する声が相次いだ。

 以前は東京に住んでいた橋田さんは、静岡県沼津市がTBSプロデューサーだった夫の実家という縁などで昭和49年、熱海市内の別荘地に執筆の場を構え、以降、熱海を生活や活動の拠点として地元との交流も深めた。

 橋田さん宅を訪れて対談したこともある斉藤栄市長は、訃報を受けてコメントを発表。昨年12月に市役所で名誉市民受諾の返答を受けた際は「いつもと変わらず陽気なご様子で、年齢を感じさせないお元気さだった」と明かし、「愁嘆(しゅうたん)に暮れている。メディアを通じて熱海を紹介いただいたことなど、深く感謝しております」と悼んだ。

 熱海市西山町にある来宮(きのみや)神社の宮司、雨宮盛克さん(52)は「包み込むような笑顔で、人々を楽しませるのがお好きな方だった」と振り返る。氏子の婦人会の名誉会長を務め、節分祭や例大祭に参加。豆まきに「渡る世間は鬼ばかり」の出演俳優らを呼んだこともある。多忙で神事を欠席する際も一筆を添えて初穂料を納めていたという。

 雨宮さんは「今の熱海復活のさきがけを務めてくださったと感じている」とも話す。バブル崩壊の影響で一時は“さびれた温泉地”となっていたところ、橋田さんが熱海の魅力を伝えるようなテレビ番組などの撮影や取材を何度も引き入れたといい、そうしたイメージアップが現在の観光客数復活につながったのではないか-というわけだ。

 「広報あたみ」平成23年1月号掲載の市長との新春対談で「熱海は私にとって最高の場所。(人生の)最後に住むことがステータスになったらいいと思う。『海のある軽井沢』と宣伝したらどうですか」などと提案するほど、熱海を愛した橋田さん。親交があった女性によると、全国での講演で「熱海在住ですと喜んで言ってくれていた」といい、女性は「熱海に住んでくださってありがとうございましたと、改めて言いたい」と話した。

 故人の遺志で葬儀・告別式は行わないが、自宅の祭壇には、約30年前にがんで死別した夫とともに育てていた庭から摘んだ、チューリップの花束が飾られたという。

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