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【書評】『結核がつくる物語 感染と読者の近代』北川扶生子著 感染症が映し出す社会

 〈感染症は、私たちの社会のありようを映し出す鏡です〉

 かつて治療法がなく「死の病」と恐れられた結核は、明治の頃から約半世紀の間、日本人の死因トップスリーのひとつだった。『不如帰(ほととぎす)』『風立ちぬ』など、結核が登場する文学作品も数多い。

 しかし、日本近代文学研究者である著者はあるとき、「患者の声が聞こえない」ことに気づく。実際に病気と闘った患者たちは何を思い、どう生きたのだろうか? 著者は結核患者向けの月刊誌「療養生活」に投稿された肉声を丹念に拾い上げながら、何が患者たちの生きる力となったのかを考察する。本書の主人公は、市井に生きたふつうの人々なのだ。

 当時、特効薬やワクチンはなくても、すでに結核菌は発見され、感染・発症の仕組みや予防法も解明されていた。にもかかわらず社会はこの病気に安易な形を与え、見たいものだけを見て恐怖から逃れようとした。発病するのは本人の生活態度が悪いせいだと世間は非難し、ついには医学博士がなんら科学的データもないままに、罹患(りかん)しやすい「結核体質」なるものが存在すると発表する。それはやがて、「劣った遺伝子」を社会から排除しようという優生思想に結びつくのだ。

 けれども個々の患者たちにとっての病気は日常だ。苦しくてもつらくても、毎日を生きていかなくてはならない。だから彼らは、自分自身のなかに物語を発見しようとした。結核に破壊された状況を嘆き悲しみながらも、ある患者は〈ナンテ泣言可笑(おかし)いです〉とつづる。テロや戦争を伝える報道を受けて〈諸兄姉、病床血盟団でも組織しようではないか〉と冗談をいう。

 自己を客観視し相対化して、おかしみと余裕を見いだすこと。それは写生文を提唱した正岡子規が、壮絶な痛みと苦しみの中で実践したことでもあった。そうして生まれる物語が、生きる力になっていく。それは私たち現在の読者にも与えられる、確かな希望だ。

 結核が治る病気となった今、当時の社会と個人が見えてくる。この新型コロナウイルス禍がいつか過去になったとき、今の私たちの姿はどう見えるのだろうか。(岩波書店・2750円)

 評・瀬戸内みなみ(ノンフィクションライター)

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