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【書評】『父を撃った12の銃弾』ハンナ・ティンティ著、松本剛史訳 心に残る文芸ミステリー

 今年のベスト1候補の登場である。世界的ベストセラーで、昨年日本でも話題になった沼地の少女の一代記、ディーリア・オーエンズの『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)を想起させる文芸色豊かなミステリーの傑作であり、オーエンズ作品同様、少女が大きな役割を担う。

 各地を転々としてきたホーリーと娘のルーは、娘の亡き母親リリーが生まれ育った町に移り住む。ホーリーはリリーの母親にあいさつにいくが、母方の祖母は父娘に会おうとしない。それには理由があった。ホーリーの体には被弾による多数の傷痕があり、後ろ暗い仕事のため夜逃げ同然の経験を何度もした。ルーも何らかの過去、母親の死をめぐる何かがあると気付く。

 物語は「ルーが十二歳になったとき、父親のホーリーはわが子に銃の撃ち方を教えた」という文章で始まる。危険と死をはらむ不穏な物語にふさわしい書き出しで、事実、現在と並行してやくざ者のホーリーが被弾した過去の章が挿入され、暴力的な人生が描かれていく。

 たとえば、場末のモーテルを舞台にしたガンファイト「銃弾2♯」は、ホーリーが赤ん坊をつれた女と知り合い銃撃戦に巻き込まれる話だが、場末のモーテルでの銃撃戦にも詩があり、余情がある。それは雇われ拳銃使いの家での待ち伏せ(「銃弾3♯」)にも、ダイナーでの女性(リリー)をめぐっての銃撃まみれの事件(「銃弾4♯」)にもいえて、不思議な情感が醸しだされて、ときに何とも切ない思いにかられるのだ。

 一つ一つが独立した短編としても優れた出来を示すのだが、忘れてならないのは、クライム・サスペンスのなかにホーリーとリリーとの出会い、ルーの誕生など恋愛&家族小説の趣があり、ルーの成長をつづる現在の章では青春小説としての輝きがたっぷりとあることだ。

 『ザリガニの鳴くところ』もそうだったが、鮮やかな風景のなかで心情が詩的にうつしとられ、象徴への高みへとむかう。ギャングたちの銃撃戦ですら、ときに荘厳な響きをもち、読者の胸を激しくうつ。「まるで交響楽のような驚嘆すべき一冊」(ニューヨーク・タイムズ)の賛辞は決して誇張ではない。いつまでも心に残る作品だろう。(文芸春秋・2420円)

 評・池上冬樹(文芸評論家)

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