PR

ライフ ライフ

1976年、中断された米ワクチン接種事業の教訓を読み解く 

その他の写真を見る(1/2枚)

 米国で1976年、史上最悪のインフルエンザ・パンデミック(1918年のいわゆる「スペイン風邪」)の再来を恐れて実施したワクチン接種事業が、2カ月半で中断に追い込まれた。インフルエンザの流行も実際には起きず、米国の厚生行政の汚点となった「豚インフルエンザ事件」だ。藤原書店からこのほど名前を新たに再出版された『ワクチン いかに決断するか』(リチャード・E・ニュースタットほか著)は、この事件の報告書をベースに、大規模公共政策のありかたを探った本だ。

 同書の訳・解説を担当した国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長の西村秀一さんは「政治や行政に携わる人、あるいはこれから携わろうとする人たちにとっては必読の書。今の新型コロナに直接かかわる話ではないが、ワクチン事業のさまざまな決断をどう下すかにも参考になるはずだ」と話す。

 同事件でワクチン接種が中断に追い込まれたのは、接種後に死亡したり、神経疾患の一つであるギラン・バレー症候群など重い病気となったりする人が多発したためだ。死亡やそうした病気などの有害事象とワクチン接種との因果関係は必ずしも明確ではなかったが、米国ではこの事件によってワクチンへの不信感が広まり、厚生行政が難しい状況が長く続いたという。

 日本で接種が始まったばかりの新型コロナワクチンはどうだろう。日本では、まず医療従事者、次いで高齢者、その後に基礎疾患を持つ人や高齢者施設で働く人、の順で進められることになっている。高齢者の優先順位が高いのは、高齢者は新型コロナ感染により死亡したり重篤となったりするリスクが高く、ワクチン接種で高齢者に免疫をつけさせ守ろうという考えからだ。しかし西村さんは、自身が医療従事者として接種を受けたことで、高齢者、とくに体力的に弱っている高齢者への優先的接種は避け、より若い人たちを先にした方がいいと思うようになったという。

 理由の一つが、接種後の発熱だ。周囲の医療従事者で、接種後に38度や39度の熱が出たり体調不良を訴えたりする人が散見されたという。実際にはふつう高齢者は発熱しにくいのも確かだが、いったん発熱してしまうと抵抗力が弱い。若い人なら何でもない発熱が、体力的に弱っている高齢者では命取りになりかねず、発熱でなくとも何らかの体調不良が命にかかわってくることも、想定しておくべきだ。ましてや高齢者は、何もせずとも心筋梗塞(こうそく)や脳卒中などの重篤な病気となるリスクが高く、そのため接種後に接種と関係なくこれらの病気を発症する事例が出てくることも、予想しておかねばならない。そうしたことが頻繁に起きれば、たとえ接種との因果関係が明確でなくても、ワクチンの「副反応」が原因と受け取られかねないのだ。

 西村さんは「自分が打たれてみて、痛みや発熱は無視できない問題と気づいた。そこから何事も起きなければよいが、豚インフル事件のようなことが新型コロナワクチンで起きたらだれもワクチンを打たなくなる。ワクチン接種が大事なことだと思うからこそ、高齢者への接種は慎重にやる必要がある」と指摘する。

 新型コロナワクチンの安全性のためには、副反応の事例を迅速に把握する情報システムや、不具合が見つかったときにワクチン接種との因果関係やその軽重を判断し、必要なら躊躇(ちゅうちょ)なく一時中断できる行政の判断力とそれを許すメカニズムが不可欠だ。米国は豚インフル事件の教訓を踏まえ、新型コロナワクチン接種者の体調をスマートフォンのアプリで報告できるシステムを作り上げ稼働させているという。

 ワクチン接種後の副反応の把握については、日本の行政現場でも課題となっている。

 西村さんは「接種で起きる可能性のある問題の数々、それを踏まえた事前準備の必要性やそもそもの政策決断の難しさ、そして決断に至るプロセスならびに決断後のフォローの仕方の柔軟さの必要性など、私も多くのことを本書で学んだ。これはワクチン行政に限った話ではない。広く公共政策を学ぶ教師・学生、政治家・行政担当者はぜひ読んで勉強してほしい」と話している。

(文化部 平沢裕子)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ