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【九州正論懇話会】八木秀次氏詳報 女系容認は「天皇制廃絶への道」

 皇位継承の歴史を振り返ると、男系継承を原理としながら、皇族の数が多いときは天皇の玄孫までといった世数による制限や、皇族の身分を離れる臣籍降下などにより皇族数を減らした。逆に皇族の数が少なく、直系により皇位継承者が得られないときは傍系継承のほか、臣籍降下した旧皇族が皇位に就いたり、宮家を増設したりした。

 明治22年に旧皇室典範が制定されたが、明治天皇は皇統が途絶えてしまうことへの不安をお持ちだった。一方で政府は、皇族の数があまりにも増えるとお金がかかりすぎてしまうので、臣籍降下のルールを設けようとした。

 旧皇室典範には、明治天皇のご憂慮が反映され、臣籍降下の規定はなく、代々皇族であり続けるという永世皇族制をとっている。しかし、40年に施行された皇室典範増補では臣籍降下の規定が設けられた。親王がお生まれになるなど皇位継承をめぐる状況が好転したことが背景にある。

■皇統つなぐ重み

 現在の皇室典範も永世皇族制をとっている。臣籍降下の規定はないが、戦後の昭和22年には傍系宮家の強制的な臣籍降下が行われ、11宮家51人が皇族の身分を離れている。直系宮家だけによって皇室が運営されることになったが、それが今、行き詰まろうとしている。

 古来、数知れず多くの人たちが、今上天皇に至る皇統を守ってきた。皇統とは初代以来の男系の血筋以外の何ものでもない。皇統をつなぐためには関係者の並々ならぬ努力があり、これらの重みを受け止めなければならない。

 女系継承の容認は、これまで天皇の正統性の根拠とされてきた男系継承からの根本的な転換を意味する。天皇や皇族としての正統性を有しなかった者を天皇や皇族の有資格者とし、実際に天皇や皇族とすることになる。それはそのまま天皇制廃絶への道だ。

 過去には皇位継承の危機に備え、代々が皇族であり続ける世襲親王家が用意され、実際にその中から皇位に就いた例もあった。本流の皇統からは代を重ねるごとに遠い関係になるが、そのことが皇位継承資格を否定するものではなかった。

 現在の皇室とは血筋の遠い関係ではあるが、創設以来、大きな役割を果たし、特に明治以降は歴代天皇をお支えしてきた「もう一つの皇統」あるいは「傍系の皇統」ともいうべき伏見宮系の旧宮家の男系男子孫に何らかの方法で皇籍に復帰していただく必要がある。

 それ以外に安定的な皇位継承策はない。

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