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認知症公表の92歳医師と娘がつづる「日記」が反響

認知症を公表し、患者の立場での発信を続ける長谷川和夫さん=3月4日、東京都内(南高まりさん提供)
認知症を公表し、患者の立場での発信を続ける長谷川和夫さん=3月4日、東京都内(南高まりさん提供)
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 認知症医療の最前線で活躍し、平成29年に自らが認知症になったことを公表した医師の長谷川和夫さん(92)と長女、南高(みなみたか)まりさん(58)が、「父と娘の認知症日記」(中央法規出版、税別1300円)を共著で出版した。社会に貢献したいと発信を続ける父と、はらはらしながらも見守り支える娘。「認知症になっても不幸ではない」。そんなメッセージを伝える2人のあたたかな日々の記録が、反響を呼んでいる。(加納裕子)

 長谷川さんは昭和49年、認知症を鑑別する「長谷川式簡易知能評価スケール(長谷川式認知症スケール)」を開発した。この指標は現在も使われており、長谷川さんは認知症医療の第一人者として知られる。病気ではなくその人を中心に考える「パーソンセンタードケア」を提唱したことでも有名だ。

 「認知症日記」によると、そんな長谷川さんが心身の変調を自覚したのは平成27年ごろ。《講演として約1時間くらい話した。ところが自分が何を話すべきかときどき分からなくなった》。当時の長谷川さんの記述とともに、南高さんが《実は当時、もう講演はやめたほうがいいのでは、と周りの先生方から遠回しに言われました》と状況を説明する形式で、日記は進む。

 29年10月、川崎市の講演会で、長谷川さんは自分が認知症であることを公表。《講演や取材などの社会的活動をこのまま続けていいのか、迷いもありました》《最初はヒヤヒヤしながら、父の取材や講演に付いて行きました》という南高さん。だが、考えが変わっていったという。《あるとき父の言葉が持つ力に気づいたのです》《認知症になっても、こんなふうに伝えることができるんだ、と》

 日記では、なじみの喫茶店や理髪店、近所での花見などでの何げない日常も記されている。《「ぜひ読んでみて!」と父に言われて持ち帰ったのが私の本で大笑いしたこともあった》。物忘れのエピソードにも悲壮感はまったくない。

 出版後、中央法規出版には「家族もユーモアをもって応援すれば、本人も家族も前向きに明るく暮らせることがわかった」「希望が持てた」などのメッセージが相次いでいるという。担当編集者の寺田真理子さんは「想像を超える反響」と評価し、「認知症になっても大丈夫、そんな社会を作ろうというメッセージが伝わった」とみる。

 長谷川さんは昨年9月、長年暮らした東京都内の自宅から、夫婦で有料老人ホームに転居した。新型コロナウイルスの影響で家族や友人との面会には制限があるが、さまざまな人との電話での会話を楽しむ。「人さまのお役に立つことを続けたい」「患者の立場で認知症の学びを続け、さまざまな気づきを発信したい」。そんな前向きな気持ちを持ち続けているという。

 そんな長谷川さんについて、南高さんは「骨折したり、気分が落ち込んだりと変調はあっても、私の気持ちをちゃんと受け止めてくれる」とほほ笑む。「父との交流を楽しみ続けたい」。それが今の願いだという。

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