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【話の肖像画】歌舞伎俳優・中村獅童(48)(1)萬屋一門に生まれて

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(酒巻俊介撮影)
(酒巻俊介撮影)

 《祖父は歌舞伎の名女形、三代目中村時蔵(ときぞう)。叔父は往年の映画スター、萬屋(よろずや)錦之介。昭和47年9月14日、獅童(本名・小川幹弘)は「萬屋」一門の家に生まれた》

 父親(初代中村獅童)は10代で歌舞伎役者を廃業して会社勤めをしていたので、僕は普通のサラリーマンの家庭に育ちました。だから、いわゆる「(梨園(りえん)の)御曹司」じゃないんです。

 父は舞台稽古をしていたとき、弟の錦之助(のちの萬屋錦之介)がある大幹部の役者に頭ごなしに怒られ、弟思いの父がかっとなって、そのとき掛けていたかつらをその大幹部に投げつけて、「俺がやめてやるっ!」と、そのまま家に帰ってしまったそうです。

 父の母親、つまり僕の祖母(三代目時蔵夫人、小川ひな)は歌舞伎界ではゴッドマザーといわれるほど一目置かれていた存在だったそうですが、恐縮してその大幹部宅に謝りに行って、父にも戻るように説得したらしいです。でも父は舞台に出演することをかたくなに拒否して、歌舞伎の世界に二度と戻らなかった。

 父はその後、学業に専念して外資系の銀行に就職したんですけれど、東映の時代劇で活躍していた弟たち(長弟の萬屋錦之介や末弟で俳優の中村嘉葎雄(かつお))のために東映に転職し、しばらくして「小川企画」を立ち上げて、プロデューサーとして弟たちを支えました。兄弟愛が強いんですよ。

 《3、4歳のとき、祖母に連れられて歌舞伎の舞台を初めて見た》

 白塗りとか、隈(くま)取りとか、ヘルメットみたいなものをかぶった所化役(しょけやく)(お坊さん役)とか、見たこともないメルヘンな世界でしたから「なんだ、これは?」って。白い顔をした人なんて日常生活で出会うことはないじゃないですか。だから身内の誰かの楽屋に行ったときは最初、怖くて押し入れの中に隠れた覚えがあります。

 一方で、歌舞伎の舞台にはもうワクワクしましたね。大きな太刀を下げて、なんだかチャンバラみたいで面白かった。すぐにおもちゃ屋に行って、プラスチック製の刀を買ってもらって、まねしていましたね。子供が「仮面ライダー」や「ウルトラマン」といったヒーローものをまねするのと同じですよ。それがたまたま歌舞伎だった。(聞き手 水沼啓子)

【プロフィル】中村獅童

 なかむら・しどう 昭和47年、東京生まれ。56年、歌舞伎座で初舞台。「ピンポン」(平成14年)、「キャラクター」(6月公開予定)、「孤狼の血 LEVEL2」(8月公開予定)などの映画やNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(来年放送予定)に出演。バーチャルシンガー、初音ミクと共演する超歌舞伎や新作歌舞伎「あらしのよるに」で新境地を開く。

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