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【記者発】震災文学、読み手の10年間 文化部・海老沢類

 出版不況の逆風下で、作家の柳美里さんの小説「JR上野駅公園口」(河出文庫)が売れている。昨年11月、米文学界では最も権威があるとされる全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞して話題となり、30万部超を増刷。純文学作品では異例といえる累計40万部のベストセラーになった。

 福島から出稼ぎのために上京し、上野でホームレスとなった男性の物語。大地震と津波の描写も出てくるこの小説は、東日本大震災後の柳さんの体験から生まれた「震災文学」でもある。

 震災後に福島県南相馬市の臨時災害放送局でラジオ番組のパーソナリティーを務めた柳さんは平成27年、神奈川県から南相馬市に移住。自宅で書店を営み、被災地の人々の話に耳を傾けてきた。受賞後のオンライン会見で、柳さんは「震災を体験した南相馬の方々の声が地層となって生まれた作品。私の物語というよりも相馬の物語。福島の人たちが喜ぶ、という気持ちが大きい」と声を弾ませた。

 この10年、震災を扱った文学作品は数多く書かれた。歳月を重ねるにつれ、それらの震災文学が著名な文学賞に輝いたり、多くの読者を獲得したりする例が増えてきた印象がある。震災直後から不条理への怒りや悲しみ、犠牲者への祈りを言葉で発信してきた福島市在住の和合亮一さんの詩集「QQQ」(思潮社)は令和元年に萩原朔太郎賞を受賞した。東北の雄大な自然を舞台にした沼田真佑さんの平成29年の芥川賞受賞作「影裏(えいり)」(文芸春秋)は映画化されて話題を呼んだ。

 「震災直後はあまりの衝撃の大きさから、読み手の側に『わざわざ(震災を)作品で読みたくない』という拒否感があったと思う」。「震災後文学論」(青土社)などの著書がある津田塾大の木村朗子(さえこ)教授はそう指摘した上で「でも今の学生たちに話を聞くと、彼女たちにとって震災は記憶のかなた。すでに遠い記憶になりつつある」と語る。

 時がたてば記憶は薄れる。忘却にあらがうためにも、災厄の歴史を語り継ぐ文学の力が読み手の側で見直されているのかもしれない。文学は人間の営み、感情を精緻に記録する。そして、いつでも手軽に読める利点がある。文字だけが頼りのこの素朴な芸術は結構しぶとい気がする。

【プロフィル】海老沢類

 平成11年入社。横浜総局、福島支局郡山通信部、東京本社整理部、社会部などを経て文化部。現在は文芸関係の記事を主に担当している。

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