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くも膜下出血から回復の小6、好きな野球をもう一度

 くも膜下出血に見舞われながらも回復し、元気にリトルリーグで野球を続けている小学生がいる。大阪府岸和田市の市立修斉小6年、米盛瑛斗(よねもりえいと)君(12)。「また野球がしたい」という強い思いと、仲間たちの励ましに支えられ、グラウンドに復帰した。白球を追う姿は周囲の人たちに勇気を与えている。(牛島要平)

 「走れ、走れ!」「すべり込め!」

 よく晴れた2月下旬の日曜日、同市内のグラウンド。プロ野球で活躍した清原和博さんもかつて所属した岸和田リトルリーグの練習が行われ、子供たちの弾む声が飛び交っていた。

くも膜下出血から快復し、練習に励む米盛瑛斗くん=2月21日、大阪府岸和田市(永田直也撮影)
くも膜下出血から快復し、練習に励む米盛瑛斗くん=2月21日、大阪府岸和田市(永田直也撮影)
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 2人の兄に付いて小さいころからボールに親しみ、チームに1年生から参加している瑛斗君。最高学年となった今、ショートやキャッチャーを任される。試合では土壇場で仲間に指示を出せるほど、チームの中心的存在に成長した。

 「チームに貢献し、勝てたときが一番うれしい」

 そう話す瑛斗君を突然の病が襲ったのは5年生のとき。令和元年12月13日朝、集団登校の途中で急に頭痛と吐き気がして、動けなくなった。周りの児童たちが連携して学校の先生に連絡、駐在所の警察官も駆け付け、病院に運ばれた。

「長い人生、やりたいことを」

 検査を受けたが問題は見つからず、痛み止めの薬をもらって帰宅した。ところが数日後、詳しい検査を受けると「くも膜下出血です。動脈瘤(りゅう)がいつ破裂してもおかしくない」と診断された。大阪大学医学部付属病院(同府吹田市)に搬送され、緊急手術に。倒れてから5日後のことだった。

 母親の久美子さん(41)は突然のことに涙が止まらなかった。瑛斗君はそんな久美子さんを気丈に慰めた。「いけるから、大丈夫だから」。約3時間にわたる手術は無事に終わった。麻酔が解けたとき、口から漏れた最初の言葉は「野球がしたい」だった。

 入院中、チームの仲間は千羽鶴を折って回復を祈り、「一緒に野球しような」などの寄せ書きをしたボールを届けてくれた。以前にチームを訪れたことのあるプロ野球楽天の村林一輝(いつき)内野手も「早く元気になって一緒にまた野球しましょう」とビデオレターを送ってくれた。気持ちは奮い立った。「うれしかった。不安だったけど、また野球やろうと思った」

瑛斗くん(右)と母の久美子さん=2月21日、大阪府岸和田市(永田直也撮影)
瑛斗くん(右)と母の久美子さん=2月21日、大阪府岸和田市(永田直也撮影)
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 術後の経過は順調で、後遺症もなく、12月末には退院。原因は分からず、久美子さんは野球をさせるのに不安もあったが「これからの長い人生、やりたいことをやらせたい」と判断した。担当医からも「定期検査をしっかりすれば、普段通りに生活して大丈夫」と説明があり、気候が暖かくなるのを待ってグラウンドに復帰した。

3本のホームラン

 「瑛斗がお母さんと元気に歩いてきたのをみて泣きそうになった」と野内勇司(のうちゆうじ)監督(52)は振り返る。「たとえ後遺症があっても最後まで面倒見ます」と久美子さんに約束していた。

 チームは新型コロナウイルスの影響で昨年2月末から5月にかけて練習を自粛したが、各家庭の判断でキャッチボールをするためにグラウンドに集まることもあり、瑛斗君も様子を見に出かけた。本格的に練習に加わったのはチームが練習を再開した6月ごろ。少しずつ感覚を取り戻した。

 復帰以来、土日祝日にある練習には毎回参加。仲間たちは以前と変わらず接してくれているといい、今月下旬に控える小学生最後の試合を楽しみにする。

 2月20日の練習で3本のホームランを打った。ぐんぐん空を切って飛ぶ打球にチームメートや周囲の大人は息をのんだ。「病気が遠い昔のようです。まさか野球がまたできるとは」と久美子さん。

 もうすぐ卒業。瑛斗君は「みんなで楽しめる野球を中学に入っても続けたい」と話す。仲間とともに、確実に成長している。

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