PR

ライフ ライフ

【ビブリオエッセー】極寒の地に語り継がれた勇気と愛 「ふたりの老女」ヴェルマ・ウォーリス著 亀井よし子訳(草思社文庫)

 東日本大震災から10年。私は被災した阪神淡路大震災のときの冬空を思い出していた。家屋は全壊し、途方に暮れていたあのころ。書店で偶然見つけたこの本が私の記憶を巻き戻してくれた。『ふたりの老女』は極寒のアラスカで生きた遊動民の物語だ。食糧を求めて移動するつらさとたくましさを知った。

 文明の兆しもないはるか昔。その冬は例年を越える厳しさだった。食糧も底をつく中、集団のリーダーは重い決意を告げる。口減らしのため、ふたりの老女を置き去りにすることだった。「八十回の夏を見てきた」チディギヤークと「七十五回の夏を経た」サという名のふたりだ。

 厳しさゆえの決断だが実の娘にも同行を拒まれたチディギヤークは怒りと悲しみの中でこう言う。「いいかい、どうせ死ぬなら、とことん闘って死んでやろうじゃないか」。ふたりは若いころ魚をいっぱいとった入り江を目指す。

 ありったけの荷物を積んだそりを引く。手仕事を思い出しては必要な道具を作り、老いを忘れて一匹の獲物を狙う。互いの知恵や能力を持ち寄り、その信頼関係はさっぱりした大人たちだ。痛む身体をいたわり、互いの思いやりがユーモラスに描かれ、命がけの過酷な道行きながらほっこりした場面に救われる。老いを自嘲しながらも喜々としているのだ。

 最後にふたりは集団と再会する。許し、許されるまでの心の機微がていねいに描かれているのが印象的だ。生還したふたりの偉大さが今に語り継がれた。アラスカに生まれ育った著者のウォーリスは誇りある集団の物語を、多くの人たちの協力で一冊の本にした。巻末に一人一人の名前が並び、感謝の言葉が捧げられている。

 運命に負けない勇気と愛の物語である。

 神戸市須磨区 牧田榮子 74

 【ビブリオ・エッセー募集要項】本に関するエッセーを募集しています。応募作品のなかから、産経新聞スタッフが選定し、月~金曜日の夕刊1面に掲載しています。どうか「あなたの一冊」を教えてください。

 投稿はペンネーム可。600字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556-8661産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ